晴々と、花雨
「和花、いつもありがと」
傍にいてくれて。
笑顔にしてくれて。
私にとって、和花は太陽みたいな人だった。
和花が「こちらこそ!」と言って笑ってくれた。その笑顔を目に焼き付ける。
私たちはもう、卒業式を終えてしまった。
いや、正確には先ほど卒業式を迎えていたはず。
お互いに無遅刻無欠席だったのに、初めてのサボりが卒業式だなんて、ちょっと笑ってしまう。だけどもう、先生に怒られるとかそんなこと、どうだっていい。
私たちにとって、卒業式よりもふたりで過ごす時間の方が大事だったのだ。
「あーあ、時間が止まればいいのになぁ」
和花の黒髪が風に靡き、桜の花びらがひらひらと私たちの間に雪のように散る。
鞄の上に一枚の花びらがのった。私はそれを手にとる。溶けてしまいそうなほど、淡くて薄い。
桜の花は綺麗だけれど、儚くて、あっというまに過ぎ去ってしまう。
まるで和花と過ごした日々のようだった。
「あはは、変なこと言っちゃった! 忘れて!」
今夜和花は、この街を出ていく。
地元に残る私とは違って、遠い場所で新しいスタートをきることにした和花は、旅立ってしまう。
もう気軽には会えなくなり、きっとお互いに新生活が忙しくなって、今まで通りの関係ではなくなっていく。
「和花、スマホ鳴ってない?」
「あ、本当だ! お母さんかも」
和花がブレザーのポケットからスマホを取り出す。メッセージを確認すると、少しだけ表情に影が落ちる。この時間の終わりがきた気がした。
「もう帰らないとまずそう?」
「そうだね。家で待っていてくれてるみたいで。ごめんね!」
私たちはいつもの分かれ道まで行くと、一度立ち止まる。
「じゃあ、いってらっしゃい」
バイバイとかまたねと普段なら言っていた。
だけど今は、遠くへ行ってしまう彼女へこの言葉がふさわしい気がした。
「うん! いってきます!」
眩しい笑顔で、和花が手を振る。そして私に背を向けて歩き出した。
後ろ姿が少しずつ遠くなっていく。
「——っ」
涙が止めどなく頬を伝って流れ落ちていく。鼻水か涙かわからないものがぐちゃぐちゃになって、私は嗚咽を漏らす。
どうか和花が振り向きませんように。こんな情けない姿を見せたくない。
和花。あのね、私も時間を止めたかった。
この街から和花がいなくなるなんて嫌だよ。
でも私にできることは、引き留めることじゃなくって見送ること。
だから、元気でね。辛いことがあっても、ひとりで抱え込まないでね。
彼女の未来がひだまりのような暖かな日々でありますように。
桜の花びらを握りしめて願った。
Thank you for your good friendship, and for being there for me.
2023.1/30