背伸びしても届かない
「うん。仕事の関係で夏休みに式を挙げようと思ってる。その後に新しい生活を始めることになるかな」
夏休みって、あと五ヶ月くらいしかないじゃない――。
「お姉ちゃん、ここ、出て行くんだ……」
実家から東京に出て来て九年、姉と二人で暮らして来た。
その生活がいつかは終わるということを、ろくに考えずにここまでいた。
いつかは終わる――分かっていても、変わらない日常がその事実を意識させずにいた。
「――だからね。これからは少しずつ自分のことは自分で出来るようにしてほしい。あんたももう28だし立派な大人。一人で生活出来て当然の歳なんだから。料理も洗濯も掃除も、そういう生活の基本的なことからしっかり出来るように――」
「はいはい。こんな時間から説教とか勘弁して」
真面目な顔をした姉の真面目な言葉を遮る。
「家に帰って来てまで教師面しないでっていつも言ってるじゃん」
そう言い放ち、私は食べかけのうどんを食べることを再開する。
「私は、あんたのことだけが心配なの。しっかりしてくれないと心配で、安心して結婚式挙げられない」
どうしよう。私、かなり動揺している。
「あんたが独り立ちできるように私も協力するから、華もしっかりして」
激しい動揺がどうしたってこの表情に出てしまいそうで、慌ててうどんをすする。
お姉ちゃんと離れて暮らす。一人で生きて行く――。
急にそんなこと言われても、何をどうしたらいいのかまるっきり分からなかった。いい大人が何を言っているのかと、頭では分かる。でも、目の前が真っ暗になる。
「女はね、恐ろしいほどにあっという間に年を取るの。何かをしていてもしていなくても、変わらず歳は重ねてしまう。過ぎ去った年月は戻らない。それを分かってほしい。気付いた時に後悔するようなことになってほしくない」
「――そんなこと、急に言うなんて。これまで、そんなこと私に言わなかったじゃない!」
温かいうどんが浮かぶどんぶりを見つめながら、私はそんな言葉を吐いていた。
――何かをしていてもしていなくても、変わらず歳は重ねてしまう。過ぎ去った年月は戻らない。
そんなこと、姉は初めて私に言った。
もっと早く言ってよ――。
手のひらを添えたどんぶりから温かさが伝わる。その温かさが私の胸の奥を嫌と言うほどに刺激して来る。