背伸びしても届かない
河本さんは私の隣の席になった。
彼女が来てから数日経ったが、桐谷さんと河本さんが話をしているのを見たことはない。
やはり、私の考え過ぎだったのだろうか。
「小暮さん、こういう場合って、どんな手続きが必要ですか?」
「は、はい……ああ、これですね。この場合は――」
数日彼女と接してみて分かったのは、控えめでいて必要なことはきちんと言う、とても感じの良い人だということ。
小森が敵だなんだと騒いだところで、この人を嫌いになれる理由なんて見つからない。
むしろ、好感が持てる部類の人だ。
「――分かりました。ありがとうございます」
「作業の簡単なマニュアルをまとめたので、困った時に参考にしてみてください」
河本さんが来てから、必要になるだろうと作っておいた。それを差し出す。
「わぁ、すごく見やすいです! ありがとうございます。助かります!」
私に丁寧に頭を下げると、柔らかに微笑む。その屈託ない笑顔に、思わず照れてしまう。
午後3時を過ぎ、少し休憩しようと同じフロアにあるあのカフェテリアに向かった。
他に人がいてもよさそうだが、たまたま誰もいなかった。自販機でアイスコーヒーを選ぶ。
「――ほらっ。これ、君にあげます」
「え、えっ?」
こちらに向けて投げられた茶色の小さな箱を、慌てて受け取る。
なんとかキャッチしてから投げられた方を見てみると、入り口のところに桐谷さんが立っていた。
「小暮さんは、甘いもの好きだったよね。確か、あの資料に書いてあった」
「資料って……。桐谷さん、一日しか見てないですよね? どうしてそんなに覚えているんですか」
苦笑いしながらそう聞く。
「一度読めば、だいたい覚えるから」
そんなことを真顔で答えるから、笑ってしまった。
「これ、物凄く立派な箱ですけど、もらってもいいんですか?」
手のひらにあるリボンのかけられた箱を見つめる。
「ああ。今、クライアントのところに打ち合わせに行ったんだけど、そこの秘書からもらったんだ。たくさんあるのでどうぞって。僕はあまり甘いものは食べないから」
その秘書って、絶対、桐谷さん狙いだよね――?
大量に購入するようなものとは思えない。茶色のしっかりとした造りの箱に光沢のあるリボンがかけられている。
小さい箱だけど、あまりに高級感があり過ぎる。
桐谷さんが歩けば、心配の種が落ちて行く――。
「あ、あのっ」
「ん?」
そんな焦りから、桐谷さんを引き留めるように声を掛けていた。