背伸びしても届かない


「今って、一年の中で一番暇な時期だと思うんですけど、桐谷さん、何をして過ごしてるんですか?」
「え?」
「あ、いや、私、いつもこの時期、時間を持て余してしまって」

かなり無理のある会話展開。
内容なんてどうだっていいのだ。強引を承知で懸命に会話を続ける。

「桐谷さんみたいに日頃忙しい方ってどんな風に過ごしてるのかなぁとか……」
「別に、これといってないな。大した趣味もないし。まあ、敢えて言うなら、仕事帰りに行きつけのバーに行くくらいかな。繁忙期にはそれさえできないからね」
「バー……」

なんなの、その組み合わせ。

桐谷さん×バー=惚れる

そんな数式が瞬時に頭に浮かぶ。

「私、バーなんて行ったことないです。どんなところなんだろう。い、行ってみたいな……」

白々しいか? わざとらしいか?

つい泳いでしまう目で、そう呟いてみる。

「別に、普通だよ。僕が行ってるバーは敷居が低いところだしね」

桐谷さんは腕を組み、壁にもたれて立っている。

私の浅はかな魂胆なんてきっと見抜いているだろうな――。

「そ、そうなんですね……」
「大手町から日比谷の方に向かったところにある『グリーンガーデン』っていうバーが行きつけなんだけど」
「へ、へぇ……」

――なんて、何も考えていないみたいな答えを返しながら、心の中は大騒ぎである。

店の名前を教えてくれた――?
どうして?
いいの?
桐谷的に、オーケーなの?

「話していたら、そろそろまた行きたくなって来たな……。ああ、もうこんな時間か。じゃあ、また」

腕時計に目をやると、桐谷さんはカフェテリアを出て行った。

「は、はい。お疲れ様です!」

緩む口元を必死で食いしばる。

それって、絶対、来てもいいっていうことだよね?
これは絶対、そのバーに行ってみろという神様の思し召しだよね?

絶対そうに決まっている。
桐谷さん、私はそう解釈してしまいますよ。

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