背伸びしても届かない
「それでいい」
そう囁いて、桐谷さんが私の耳元に唇を寄せる。
「恋人がどんなものか、もっと実感させるから。覚悟しておくように」
「は、はい……」
「まず手始めに、キス、しようか」
「キス……っ」
そう言えば、私。
昨日、人生初めてのキス――そう、ファーストキスを体験したんだった。
でも、残念なことに、あまりに必死過ぎて頭が真っ白で、それを噛み締める余裕もなかった。
「上向いて」
その甘く色っぽい声だけで、簡単に私の身体なんて支配される。
操られるように素直に顔を上げた。
そうしたら、あっという間に唇を塞がれた。
最初は、重ね合わせて唇の存在を確かめるようなものだった。
こ、これが、桐谷さんの唇――。
一つ一つ確認させて覚え込ませるみたいに、ゆっくり丁寧な口付け。それだけで私のキャパシティは既に一杯になりそうになるのに、更に深く入って来る。
「ん……っ」
こ、呼吸の仕方を――。
「ちゃんと、息吸って……」
「は、はい――」
離れたと思った唇がすぐに触れて来て、先ほどより少し激しく絡まって来る。
それに呼応するように、私の背中を抱く桐谷さんの手のひらに力が込められた。全身が火照るみたいに熱い。
こ、こんなの――。
こんなキスしてたら、身が持たない。
そう思うと、昨晩、どれだけ必死だったか分かる。
これよりもっと恥ずかしいことをされたのだ。人間、これが最後だと思うと何でも出来るのかもしれない。
「君とのキス、気持ちよくて、唇を離したくなくなる。君は?」
長い長いキスの後、解放されたと思ったら、そんな恐ろしい質問が飛んで来た。
「私は、まだ、そんなことを感じる余裕が……」
「ふっ」
桐谷さんが笑う。
今、胸に何かが突き刺さった。
それは、間違いなく毒矢だ。桐谷さんに堕ちて行くように仕向けられた毒だ。
あの、クール桐谷の破顔――。
そんな顔を見せられて、私はこれ以上どうしろと言うのだ。
「顔を真っ赤にして、可愛いな」
可愛い。この私が可愛い――?
三次元の世界で、その単語は私に対して使われたことがない。
「大丈夫。これからたくさんするから、すぐに慣れる」
本当に、慣れるの?
もう、酸素が足りなくて、呼吸さえままならない。