背伸びしても届かない
「――送ってくださって、ありがとうございます」
桐谷さんが、私を家まで車で送ってくれた。
「おやすみなさい」
「小暮さん」
頭を下げて助手席のドアを開けようとすると、呼び止められて振り向いた。
「もし、週末予定がなかったら、うちにおいで。今度は泊る準備をして」
お泊り――!
その響きに、心拍数はまたも増加する。
「……機会はいくらでもあるとは言ったけど、そう気長に待つつもりはないから」
意味深な目を私に送って来る。
それって、そういう意味だよね――?
「いい?」
「いい、です……っ」
思わず大きな声で返事してしまった。
「うん。いい返事だ」
桐谷さんの手のひらがこちらに向かって来て、頭をくしゃくしゃっとされる。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
その車を見送る。完全に見えなくなっても、私はまだそこから動けないでいた。
どうやら本当に、私は桐谷さんの彼女になったらしいです。
あんなにまで夢に見たことが現実になると、すぐに実感するのは無理みたいだ。どこかまだ、現実味がない。
それでも確かに、唇にも頬にも髪にも、桐谷さんの触れた感触が残ってる。
この日、思いもかけず、生まれて初めての生身の恋人が出来た。