背伸びしても届かない



哀しいかな、桐谷さんを自分の虜にする妄想がまるで出来なくなった。
桐谷さんを遠くから見ていた時は、どんな非現実的な妄想も出来たのに。

桐谷さん、どんなタイプの女性が好きだって言っていたっけ……。

仕事ができる女性――それは、努力でなんとかなりそうだ。

誰からも慕われる――それは、急にどうなることでもない。

自立している女性――こ、これからする予定……。

現実逃避せず現実を認識している大人な女性――妄想はもうしません。

美しい女性――整形は無理だけど、メイクでなんとかなるか……? 

それなりの男性経験を踏んでいる人――絶対に、無理。過去には戻れない。

――なんだこれ。ほとんど該当しない。

こうなって来ると、どうして自分が恋人の座を手に入れられたのかまったく分からない。
姉と二人で一生懸命考えた作戦は、どれも桐谷さんを手に入れるところまでだ。
それに、作戦のほとんどを実行できていない。




付き合い始めたら、一体、どうすればいいの?
どうすれば、桐谷さんに好きになってもらえる――?

「――どうしたの? 黙りこくって」

そんな風に一人悶々としていたら、週末になっていた。

「いえ。これが、普通です」

金曜日の夜、仕事の後に待ち合わせをして、桐谷さんと食事をしている。
あの恐ろしいほどの忙しさの中、桐谷さんがレストランを予約してくれていた。

「……そうかな」

私の目の前には、仕事を終えた男の色香を身に纏った最高にいい男が座っている。

私のためだけに、そこにいる――。

男の人と二人きりで食事をすること自体が初めての経験で、それに何よりその相手が桐谷さんなのだ。
本当なら、お祭り騒ぎの狂喜の沙汰。
でも、桐谷さんは大人な女性が好きなのだ。大人な女性は、常に落ち着いているはずだ。

「それに、何か、変わった?」
「この短期間に何が変わるっていうんですか? 変な、桐谷さん」

ふふっと、口元だけで微笑む。優雅な大人の女性の微笑みだ。
メイクだって研究した。少しでも色っぽく見せるメイクだ。
女はなんて便利なのだ。メイク一つでいくらでも印象を変えられる。
服装は既にイメチェンしていたからそのままで。だから、雰囲気の変化に気付かれるはずもないのだけど。

「それより、このワイン、とっても美味しいです。この重みのある味わいがいんですよね」

本当は、ワインの味の違いなんてまるで分からない。桐谷さんのとなりにいるのにふさわしい女になるには、いろいろ大変だ。

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