背伸びしても届かない
「今日一日、私なりに大人の女でいようとして。少しでも綺麗に見せるために、メイクも頑張りました。なのに、メイク落としちゃったんですよ。ほんと、全部台無し。バカですよね。私は私でしかないのに、無理したって、こうやってすぐにボロが出る――」
笑い話にしようと、懸命に冗談めかして言おうとしても、声が震える。
「……ごめん。ゆっくり二人で話をしてからって思ったけど。今すぐ、君を抱くよ」
「え……っ? え!」
桐谷さんが私を勢いよく抱き上げた。そして、ずんずんと歩いて行く。
「あ、あの」
もう一つの扉を開けると、その部屋にあったベッドに下ろされた。
「桐谷さん……?」
私を見下ろし、私の頭に手を添えた。
「僕は、大人の女の君なんか知らないよ。知らない女と付き合おうとなんて思わない。自分の目で見て来たものでしか判断しない」
「私は――」
「この目で見ていた君と、一緒にいたいと思ったんだ」
その眼差しが胸の奥まで貫いて行く。
「ご、ごめんなさい。桐谷さんが、大人の女がいいって前に言っていたのを思い出して、それで私――」
必死に桐谷さんを見上げた。そうしたら、その目が一瞬歪んで、すぐに抱きしめられる。
「――そうか。確かに、そんなことを言ったな」
私の上半身を起こし、さらにきつく抱きしめた。
「僕は、他に何と言ったかな」
痛いくらいに抱き締めながらそんなことを聞いて来る。私は、桐谷さんの胸に頬を押し付けながら答えた。
「誰からも慕われて、大人の女性で、美しくて、現実の男性とそれなりに経験のあるテクニックを持った女性……」
桐谷さんの手のひらに力が込められる。
「あんなの、全部嘘だよ。あの時は、とにかく君に嫌われようとした。諦めさせたくて、突き放すために言った言葉だ。でも君なら、今になっても全部真に受けるよな。君はそういう人だ」
桐谷さんの声が、優しくなる。
「君が、大人の女とは程遠い、どこかめちゃくちゃなところも、変わっている人だってことも、もう知ってる。損得を考えない、人の目なんて気にせずに真面目に仕事するところも、どこまでも真っ直ぐなところも、駆け引きのない嘘のない人だということも知ってる」
桐谷さんが私の肩を掴み、髪に指を差し入れて頭を支えながら私を見つめた。
「そんな君がいいんだ」
桐谷さん――。
勝手に込み上げる。じんじんとしてつんとして、涙が溢れる。
「初めて見た、この素顔の君も、僕にはもう可愛い人にしか見えないよ」
桐谷さんの指が私の涙を拭う。
今、桐谷さんはどんな顔で私を見てくれているんだろう。
目に焼き付けたいのに、涙で滲んでよく分からない。