背伸びしても届かない
その2 現実の恋は苦くて辛い



改めて決意は、した――。

でも、だ。やはり、昨日の今日で、どうしたって緊張する。

一応、同じチームで働いている。これまでは大所帯のチームだったゆえに桐谷さんの視界に入っていなかったとは言え、さすがに今回のことで私の顔を覚えただろう。

一体、どんな顔して働けばいいんだ――。

と思ったところで、頭を振る。
いいのだ。顔を覚えてもらって私のことをもっと知ってもらおうと、戦略を練ったばかりじゃないか。

”桐谷攻略戦略その1 自分のことを知ってもらう”

方法はともかく、あの告白で私の顔は認識したはずだ。顔見知りになる、ということはもう達成されている。

(この際、印象については問わない。そもそも、一年以上同じチームで働いて来たのに知られていなかったという哀しい事実についても問わない)

――セントラル監査法人。
大手町、東京駅ほど近くにある高層ビルの三分の一ほどのフロアを占有している私の勤務先が見えて来た。

否が応でも鼓動は激しくなる。
頑張るって決めたのだ。

朝の通勤ラッシュの通りで、ハイヒールを踏みしめる。
『いい女はハイヒールから』という姉の助言を真に受けて履いて来た、姉のハイヒールで既に爪先が痛い。サイズが同じでも、履き心地は最悪だ。
でも、ピンクベージュのエナメルのハイヒールがその部分だけ女っぷりを上げているのは間違いない。

私のことを知ってもらう。
そして、『おっ、思ったよりいい女じゃないか』と桐谷さんに思って(錯覚して)もらう。
それが、第一の戦略だ。

第一印象が最悪である方が、後々いいという見方もある。これ以上悪くなることはない。あとは、良くなるばかりだ。


歩道を行き交う女性たちの真似をして、胸を張り、痛む爪先とかかとで颯爽と歩いてみる。それだけで、ほんのわずか、気分が変わる。
そんな風にしてオフィスビルのエントランスからロビーを通り抜け、エレベーターホールへとたどり着いた。

結構、簡単なことで変われるものなのかもしれない――なんて思っている時だった。

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