背伸びしても届かない
「華さんと同じ監査法人に勤めております。本日は、華さんのお姉さんにお願いをして、この場にうかがわせていただきました」
な、な、な、んで――?
驚きのあまり、ようやく探り当てた手鏡を床に落とす。
「あら……」
母が口に手を当てて、桐谷さんの姿を頭のてっぺんからつま先までまじまじと見つめている。
私は私で、目の前にある光景を脳が受け入れられない。金縛りにあったように固まる。
「それは、それは、いつも華がお世話になっております……で、どうして華と同じ会社の方が? 華、こっちにいらっしゃい。あなたの会社の方ですって」
いやいやいや、ちょっと待ってください。そんなところで桐谷さんが何してんですかって話ですよ。
まるでこの状況がのみ込めない。
落ち着け、私。
今日は姉の結婚式で、先ほど無事披露宴が終わり控室に戻って来た。
父と母と私と、あと親族が数人、ここでくつろいでいたところで――。
で、なんでここに桐谷さんが?
海で別れてから現在まで、まるで経緯が繋がらない。
桐谷さんは、自分の本当の気持ちと向き合ったはずでーー。
いつの間にか係の人は立ち去り、桐谷さんがこの空間の一員になっている。
「お父さん、お母さん、桐谷さんは私の上司にあたる方なの。そ、それで、桐谷さん。今日は、一体どうされたんですか――」
完全に挙動不審になりながらも、どうにかこの場をやり過ごそうと取り繕う。
「――いや、今日は、華さんのご両親がいらしているこの機会に、ご挨拶させていただきたいと思い参りました」
それなのに、『おまえじゃない』と鮮やかなほどにスルーされた。
「私たちに挨拶……ですか?」
父までもが何事かと、母の隣に立つ。
父と母を前に、桐谷さんが姿勢を正して立っている。
確か今日は、桐谷さんもまだ夏季休暇中のはずだ。にもかかわらず、この真夏のさなか、ジャケット着用の正装の出で立ち。
キョトンとした父と母が長身の桐谷さんを見上げている。