背伸びしても届かない
「勝手に頑張らせてください。勝手に変わります。桐谷さんに変わったと思ってもらえるように頑張ります」
「引き下がらないね……」
「営業は、決して諦めないこと。そう聞いたことがあります」
「君はいつから営業職になった?」
「桐谷さんだって、さっき、私にプレゼンの心得を教えてくれたじゃないですか。そ、それに、正当にアピールしないのは成果がないのと一緒だと、桐谷さんがおっしゃいました」
「それは――」
桐谷さんが何かを言いかけて、その続きを言う代わりに息を吐いた。
「……熱意だけじゃ人は動かせないですよ?」
「は、はい。もっと、賢くなります。戦略的かつ知的に、事を進めたいと思います」
「……」
桐谷さんが、こめかみに長い指を当てる。
「君と話していると、訳が分からなくなってくる。何の話をしていたのかも分からなくなる。いつもより喋り過ぎて、非常に疲れる」
「す、すみません! つ、つい、熱くなってしまって……っ」
私が、桐谷さんを混乱させている――!
その事実に、今頃になって慌てふためく。
「……もう、いいや。勝手にして」
不意にその唇から出たいつもよりくだけた言葉遣いに、どきりとした。
「は、はい!」
「その代り――」
桐谷さんが私の方へと一歩近づく。
「僕に決して迷惑をかけないでください」
「は、はい!」
はっきりとした声でそう答えると、桐谷さんがより深く溜息を吐いた。
「――もう、行きます。今日も、重い仕事がいくつも入っているというのに、既に疲労困憊だ」
再び私に背を向ける。
「あ、ありがとうございました――」
その言葉に答えることなく、桐谷さんは部屋を出て行った。
その背中は、確かに心なしか疲れているように見えた。
一人になって、ふと思う。
あれ、どうして、桐谷さんはオフィスに来たんだろう――?
今日も引き続き監査がある。桐谷さんも同じく監査先に直行予定のはずだ。
もしかして、私のため……?
私が探しているかもしれないと思って、わざわざ立ち寄ってくれたのだろうか。
自意識過剰かもしれない。でも、胸がぎゅっとしてじんとする。
やっぱり、私は桐谷さんが好きだ。
欠陥だらけの私でも、あなたが好きです――。