こわモテ男子と激あま婚!?


 制服姿のまま、アパートを出発して、しばらくが経つ。
 夕方に差し掛かりはじめていて、太陽が傾いている。
 大きく膨らんだリュックを背負った私は、目的地を目指して歩いていた。
 行き先はもちろん、お母さんの知り合いのおじさん――「瀬戸さん」のお家だ。

 ……真っ暗になる前に着きますように……!

 そんなことを考えながら、公園を横切る。
 ちょうど目の前には親子の姿が……。
 
「ママ!」
「ほら、帰るわよ」

 小さい子どもが、母親に手を引かれながら帰っていった。
 そんな二人の背中を見ていたら……。
 優しかったお母さんのことを思い出して、じんわり涙が浮かんでくる。
 
「お母さん……私一人でやっていけるかな……」

 弱気な気持ちに負けちゃいそう。
 だけど、頑張らなきゃ……!
 泣いてなんかいられない。

「そういえば……」

 ――瀬戸のおじさんは、海外出張中らしい。
 だったら、お家には、瀬戸さんの奥さんと息子さんが二人で住んでるのかな?

「雇い主になる家族が優しい人だったら良いな……」

 曇り空を見上げると、雨がちらつきはじめた。
 風がびゅうっと吹く。

「きゃあっ……!」

 校則通り膝下丈のスカートが、少しだけめくり上がった。
 生足が寒くて仕方がない。

「よし、急ごう!」

 ちょうど、公園の端に辿り着いた。
 バスケットコートの近くを過ぎろうとした時――。

 ――ダムッ。

 強く低い。

 ボールが跳ねる音が耳に届いた。

(あ……――)

 そうして――。

 フェンスの向こう。

 ――私は目を奪われてしまう。

 小さなバスケットコートの中。
 
 バスケをしているのは、身長がすっごく高い男の人。
 真っ黒な髪は短くて、日焼けした肌の色……。
 私と同じ学校の制服を着た男子生徒。
 上着は脱いでいるみたいで、半そでの白シャツ。
 まだ寒い季節なのに、寒さなんて、全く感じてなさそう。

「よし……」

 少しだけ低い声が耳に届いた。
 彼が腰を落として、ドリブルをはじめる。

 ――ダム、ダム……。
 
 彼の掌と地面の間を、ボールが何度も跳ねては戻る。

(あ……)

 獲物を狙う肉食獣みたいギラギラした瞳。
 目の前には誰もいないはずなのに、まるで誰かがいるみたい。
 
 ――ドクン、ドクン。

 真剣な瞳は、なんとなく見覚えがあって……。
 見ていたら、どんどん心臓の音がうるさくなって、全身が熱くなっていく。

 ――ダム、ダム、ダム、ダム。

 低い体勢のまま、ゴールに向かって一気に駆ける。
 ボールが跳ねる低く強い音が連続する。

(あの男の人には敵が見えてるみたい……)

 ダッシュの途中、右手側にあったボールを背中側で、強く突いた。
 逆に回ったボールを、すばやく左の手で受け取る。
 今度は左手側でドリブルをしながら駆け始めた。

(すごい……器用……!)

 同じ人間とは思えない程の俊敏な動き。 
 そのままゴール下でステップを踏んでストップ! 
 屈伸したら、その場を高く高く跳んだ。

 そうして――。

 ガゴンッ。

 ゴールリングが激しく揺れる。

 ――バシュッ。

 ダンクシュートを決めると、彼がしなやかに着地した。
 まるで魔法のよう……。

(あれ? ……この感じは……どこかで……)

 身長が高いところくらいしか似ていないのに――。

 ――小学生の頃に見たバスケットの選手と彼が、なぜだか重なって見えた。

(え? でも、そんな……まさか、こんなとこにいるはずが……) 

 その時――。

 相手がこっちを振り返ってきて、黒髪がさやさやと揺れた。
 切れ長の瞳は真っ黒で澄んでいて、太陽の光が差し込んでキラキラって輝いてる。
 すっと通った鼻筋は日本人離れしていた。
 とっても凛々しくて綺麗で……どことなく甘い顔立ち。
 
 まるで芸能人みたいな、ものすごいイケメン。

(ううん、もしかしたら芸能人よりもカッコいいかもしれない……)

 心臓がドキンと跳ねる。

 ボールを手に取ったかと思ったら、私の方に向かって歩いてくる。

(何……?)

 ――ドクン、ドクン、ドクン。

 心臓が壊れそうなぐらい高鳴っていく。

 どうしよう。

 おとぎ話みたいに、一目惚れとかだったら……?

(私みたいに大人しめの子に、こんな派手なイケメンはが恋するとか絶対にあり得ない……)

 だけど、彼は私の方に向かってくる。

(もしかしたら、そんな奇跡みたいな話が……)

 そうして、私の近くに来たイケメン。
 頭二つ分ぐらい高い身長。
 そんな彼に見下ろされる。


「……おい」



「ひゃ、ひゃい……!?」


 
 同じ高校生とは思えばないぐらい、すごい威圧感で萎縮してしまう。
 さっきまで綺麗な顔だなって思ってたけど……。
 凄みがありすぎて怖すぎて……。


(めっちゃ、コワモテなんですけど……)


 しかも……。



「さっさと帰れよ」


 

 ……さっさと帰れ……。

 さっさと……。
 
 ずうううううん。

 気持ちが一気に沈んだ。

 さっきまで抱いていた夢の恋物語が、ガラガラと岩のように崩れていく。

 言い方がものすごく怖いし……。
 あまり口が良いとは言えないし……。
 さっきまで滅茶滅茶カッコイイと思ってたのに……。
 な、なんなのこの人怖すぎるし、なんかムカつく……!!


「ちっ……」


 さらに舌打ちまでされてしまった。


 ……な、な、な、何……!??


 私、何かしましたか!!??


 その時――。


 ガシッ……。


「ひ、ひえっ……?」


 突然、目の前のイケメン――通称、コワモテイケメンが、私の右手首を掴んできていたのだ――!


「び、貧乏なんです!! お、お金は持ってませんから!」

「そんなのどうでもいい」

 私にとっては死活問題なのに、どうでもいいなんて……!

「くそっ、数が多いな……」

「数が? 何を言って……?」

 その時、ふと、周囲をきょろきょろ見たら……。

(なんだろう……金髪のチャラ男とゴツイ男の人……)

 黒服の人達が、こちらにジリジリ近づいてきていたのだ。
 もしかして、帰れよとか舌打ちは、この人たちに向かってしてたのかな?

「あの女の子は?」

「彼女じゃないか?」

「彼女? 地味だけど」

「意外と地味な娘が好みだったんじゃないか?」

「意外すぎる……じゃあ、この女の子も一緒に連れて行こう」

 どうやら、怖い人達の集団は、私をコワモテイケメンの彼女か何かと勘違いしているようだ。

 一緒に連れて行こうとか……。

 まさか、人攫い……!!!?

 事態の目まぐるしい展開に、頭が追い付かないでいると――。

 グイっ……。


「きゃっ……!」


 コワモテイケメンに引き寄せられると、唇を耳もとに寄せられた。

「おい、お前……」

 同じ高校生なのに、やけに色っぽい声の持ち主で……。

 こんな緊急事態なのに、心臓がドキドキ落ち着かない。

「なあ、走れるか?」

「え? 運動会の100m走では毎回ビリで……」

「ちっ、仕方ねえな……おい、お前、ボール持っておけ」

「ええっ、ボール?」

 ぐいっと胸にボールを押し当てられたかと思ったら――。

「ひゃああっ……!!」

 コワモテイケメンに、リュックごとお姫様抱っこをされてしまったのだ!!

 そうして――。


「逃げるぞ!!」


 ――コワモテイケメンが走りはじめる。


 事態についていけないまま、私たちは公園から逃げ出した。


 
 こうして、最低最悪な出会いを果たした私たちなのだけど……。

 この後、もっと驚くべき展開が待ち受けているのだった。


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