公爵閣下、あなたが亡妻を愛し続けるので後妻の私を愛せないというならお好きなようになさったらいいですわ。ただし、言行不一致で私を溺愛するなんてことは勘弁して下さいね
 わたしの部屋の前でおやすみの挨拶をしたとき、彼はなにか言いたそうだった。というよりか、なにかしたそうだった。モジモジおどおどしているその姿は、まるで少年みたいだと思った。廊下の淡い灯りが、彼の銀仮面を鈍く光らせている。

 銀仮面の下の素顔がたとえどのようなものでも、彼の内面は素晴らしい。もっとも、亡くなった姉は噂を信じて彼の顔は醜いと決めつけ、それこそたったの一度も夜をともにしなかったけれど。

 姉は、自分以外の美しいものが大嫌いである。彼女は、それだけでなく醜いものも大嫌いだった。

 いまにして思えば、血のつながった姉とはいえ「クソみたいな女」だったのだとつくづく思う。

 それはともかく、結局、公爵はなにも言わず、なにもせずに隣の自分の部屋へ行ってしまった。

 その背を見送ると、自室へ入った。

 いずれにせよいろいろあったこの思い出深い一日は、一生忘れられそうにない。
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