公爵閣下、あなたが亡妻を愛し続けるので後妻の私を愛せないというならお好きなようになさったらいいですわ。ただし、言行不一致で私を溺愛するなんてことは勘弁して下さいね
 キャップを目深にかぶり、黒色のコートの襟を立てる。それから、カウンターに行って炭酸水を頼んだ。
 炭酸水ウイズレモン汁入りを。

 ここでいろいろなヤバいことを見聞きしているバーテンダーは、どんなことも詮索しない。それが、こういうところで仕事を続けるコツなのだ。だから、いまもちんちくりんのマセガキが炭酸水ウイズレモン汁入りを頼んでも、こちらを見向きもしなかった。

 カウンターに銅貨を置き、紙のコースターとともに出て来た炭酸水ウイズレモン汁入りのグラスを手に取ると、店の奥へと向かった。こちらからジェロームは見えるけれども、彼からは見えにくいテーブル席を選んで座った。

 身をかがめれば、彼との間にいる他の客たちに埋もれて彼からは見えなくなる。

 こういう点でもちんちくりんは便利なのである。

 そうして、長い夜が始まった。
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