短編集

貧血気味の彼女



元々、貧血持ちだった。
最近症状が酷くなっている事にも、気付いていた。

朝布団から起き上がったり、そこから立ち上がった
り、とにかく動く度に目眩がして目の前が見えなくなる。所謂立ちくらみってやつ。

自粛中の不規則な生活が祟ったのだろうか、と反省しながら今日もとりあえず起きなきゃと思いゆっくり起き上がった。
ふらつくのを恐れていつも気を張っているせいか、ため息が増えた気がする。

彼はまだ隣で寝ているから、起こさないようにそっと布団から抜け出して立ち上がった。けれど、

『やっぱだめか⋯⋯』

案の定来た目眩に、布団のすぐ下の床に崩れ落ちてしまう。

「ん〜、結衣⋯⋯?」

物音で目が覚めてしまったらしい。彼がうっすらと目を開け、視線を彷徨わせる。

『ごめん、起こしちゃった?』
「んーん……なんかあった?」
『大丈夫だよ』

まだはっきりしない視界でギリギリ彼の顔があるであろう方向へ笑みを向けた。
少しじっとしていれば症状は治まってくる。

もう一度ゆっくりと立ち上がって、身支度の為に洗面所へ向かった。

面倒なもので、歯磨き粉のストックもトイレットペーパーも、洗面台の下の戸棚の中だ。
しゃがんで立ち上がって、また目眩に襲われて……なんて事を何度も繰り返した。

そのうち彼も起きる時間だ、しっかりしなきゃ。
鉄を摂るサプリメントを水で流し込んで朝ごはんを作り始める。

「ご馳走様でした」
『はーい』

彼が食器を纏めて立ち上がる。

『あっ、いいよーやるから』
「作ってもらったから洗い物ぐらいやらせなさい」

そういう所が格好良いよなぁ。
なんて思いながら、じゃあ、と私も立ち上がった。瞬間、また目眩が襲う。

やばい、完全に立ちくらみのこと忘れてた。

後悔するより早く足の力が入らなくなって、朝と同じように膝から崩れ落ちた。

「…⋯えっ、結衣!?」

キッチンで物音を聞いて振り返った彼が恐らく驚いてる。
そりゃ急に倒れたらビックリするよなぁ、なんて脳内は割と冷静で。

そんな事を考えていると、

「ちょ、どうした!?」

机の足にもたれかかっている私の元へ飛んでくる彼。

『大丈夫、大丈夫だよ』

朝みたいに声のした方に笑みを向けるけど、

「なぁ俺、ここ、分かる!?」

急いで泡だけ落としてきたんだろうなぁ。
洗いもので冷たくなって少し水分を纏った手が頬に触れた。

「結衣!?なぁ!」

ようやく見えるようになった視界に真っ先に映ったのは、目の前の泣きそうな彼の顔。

『ふーちゃん、泣きそうだよ』

へら、と笑えば少し安心してくれた。

「お前が急に倒れるからだろうが」
『へへ、ごめん』
「なぁお前、さっきの顔朝もしてたぞ」

寝ぼけてただけかと思ってたけど、と彼が言う。

『なにが?』
「だから、視点?が、合ってなかった。変な方向いて大丈夫って笑ってて、」
『あぁ、あれ失敗してたんだ⋯⋯』
「失敗って、お前なぁ」
『大丈夫、ちょっと立ちくらみが酷いだけなの』

あまり心配かけたくなくて、へらへら笑ったまま話を続ける。

「いつから?」
『わりと最近?』

はぁ、と大きなため息を吐かれた。

「ちゃんと言ってよ⋯⋯」
『ごめんごめん、でも大丈夫だから』

ってまた笑ってみるけど、彼の表情は曇ったまま。

「でも気づけなかった俺も悪いから、俺もごめん」
『そんな、ふーちゃんお仕事あったじゃん』
「あったけど普段よりずっと家にいた、ほんとごめ
ん」

優しい彼に甘えすぎちゃダメだ、って自分で勝手に決めて隠してたのに。

「暫くは安静にしてて、俺やるから」
『ごめん……ありがとう』
「これ以上倒れられても困るからね」

彼の言葉にクスクスと笑えば、今度は同じように笑ってくれた。
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