彼の素顔は甘くて危険すぎる

お昼休憩を挟んで、午後の診察が始まった。
すると、途端に胸がそわそわとし出す。

あと2時間ほどすれば、結果が分かるからだ。

うちの病院は検査用の検体を回収しに来る業者が16時くらいに訪れる。
それと同じくらいの時間に、いつも宅配業者の人が来る。

今日発売のニューシングルを事前に予約購入しておいたから、それが届くのが今日。
中を開けてみて、当選したかどうかが判る。
『商品の発送をもって』と記載されていたからだ。
しかも、公式サイトで当選者の発表は無いらしい。
ご時世なのかな。

「ひまりちゃん、ごめんね。悪いんだけど、トイレの貼り紙を新しく作ってくれる?剥げかかってて」
「あ、はい、分かりました」

事務の夏木さんに頼まれ、トイレを確認すると、個室のドアの内側に貼ってある『きちんと流しましょう』の貼り紙がかなり古びていた。
よくあるイラストの素材を使わずに、うちの病院の貼り紙はほぼ私の手作り仕様になっている。
くまさんやうさぎさんが『ながしてね』と言ったところで、何をどうしていいのか分からない小さな子供もいるからだ。

トイレの絵をしっかり記し、流す場所をしっかりと伝えてこそ、分かるというもの。
それを丁寧に絵にするのが私の仕事だ。

幼い時からこんな風に絵と触れあって来た私は、自然と描く力が培われて来た。
誰かに見せるという、ちょっとしたハードルを越えることを知らないうちから刷り込まれていたようだ。

午後16時20分。
病院の駐車場に宅配業者のトラックが入って来るのが窓越しに見えた。

「夏木さんっ、私もう行きますねっ!」
「遅くまでありがとう~」

夏木さんは母の幼なじみで、この病院の一番の古株だ。
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