彼の素顔は甘くて危険すぎる

ミントカラーのニットに切りっぱなしのデニムのショートパンツを合わせ、ショートブーツを履いて家を出た。
彼にLINEで『今、家を出ました』と連絡を入れて。

彼の家まで30分ちょっと。
途中で彼が好きなプリンを買って向かう。

電車内に『SëI』のニューシングル発売の広告が掲載されている。
街中の液晶ディスプレイにも宣伝の広告が流れ、CD屋さんの入口にも大きく広告が掲げられている。
それらを目にする度に溜息が漏れる。

笑顔ですれ違う人が当選した人に思えるほど、今の私の心は荒んでるようだ。

美術展で入賞出来なかった時より酷い。
美術展の結果は、実力不足だから納得できる。
もっと努力すれば済む話だけど、プレミアムサインは全くの別物。

これは100%運あるのみ。

顔出ししてないアーティストだから、ライブもなければファンミーティングのようなものもない。
それゆえ、サインというカテゴリーは物凄く貴重で。
初めて訪れたこの奇跡と言って過言でないサインを手に入れられることは、ファンにとってこの上ない幸せなんだと思う。

自宅で彼がサインしている所を見たこともないから、どんなサインなのかも知らない。
だからこそ手にして、この眼で見たかったのに。

**

彼のマンションに到着した。
気持ちを切り替え、エレベーターのボタンを押す。

程なくして到着したエレベーターに乗り込むと、何故か彼の曲が流れていた。
有線放送のようだ。
よりによって、こんな日に。

心地いい甘い声。
心に響くメロディー。
自然と胸が熱くなる歌詞に、ぎゅっと胸が抓まれた気がして……。

ピンポーンッ。

「いらっしゃ……どしたッ?!何で泣いてんの?……誰かに変なことされたのか?」
「………」
「ひまッんっ……」

心配そうに見つめる彼に抱きついた。

< 132 / 299 >

この作品をシェア

pagetop