彼の素顔は甘くて危険すぎる
翌日、彼女は学校を欠席した。
心配になり、放課後に自宅を訪ねてみたら、『休診のお知らせ』と書かれた紙が貼られていて、GWの連休を前倒しにしたらしい。
以前に彼女から聞いていた。
年末年始やお盆休みも前後して連休をずらしていると。
だから、病院が休診になること自体は別におかしくない。
自宅のインターフォンを鳴らしても応答せず。
彼女から聞かされていた、ずらした連休に家族旅行に行くという話を思い出し納得する。
付き合っていれば『旅行に行ってくるね』と一言あってもよさそうなものだが、昨夜一方的だが『別れたい』と申し出があった以上、彼女の中では既に別れたことになってるのだろう。
昨夜から時間が完全に止まったように感じる。
自分だけが金縛りに遭ったみたいに取り残されて。
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翌日の金曜日。
やはり彼女は欠席した。
彼女のクラスの下駄箱に『橘』と書かれた上靴がぽつんとある。
心の中が空っぽになったみたいで、完全に楽しみが消えてしまった。
彼女と話したい。
もう一度会って話がしたい。
ただ、それだけが脳に思い浮かんで。
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土曜日の昼過ぎ。
レコーディングするため、事務所のスタジオを訪れる。
アルバム用の曲を2曲収録予定なのに、全然上手く弾けない。
気持ちが乗らないからかもしれないが、手が別物みたいに動かなくて。
「どうした?疲れでも溜まってるのか?……少し休憩入れようか」
「……すみません」
自宅でピアノの練習も結構沢山したのに。
何度も弾き間違えてしまう。
自分の曲なのに思い出せないほど、脳が混乱してて。
5時間籠ってやっとピアノバージョンだけレコーディングが出来た。
「アコギは来週に」
「すみません」
「『SëI』らしくないな。帰ってゆっくり休め」
「……はい」