彼の素顔は甘くて危険すぎる

「どうぞ~」
「え、いいんですか?」
「ひまりに会いに来たんでしょ?」
「……はい」
「上がって?」

門塀をくぐり、インターロッキングのアプローチを進んで玄関へと。
母親が招き入れてくれた。
玄関で靴を脱ぐと、ひまりの母親は俺の背中をトントンと軽く叩いた。

「ひまりね、風邪ではないんだけど、熱で魘されてやっと下がった所なの。一応血液検査とか色々したんだけど原因不明で、様子を見てるところだから、これして貰えるかな?」
「あ、はい」

手渡されたのはマスクと医療用の手袋。

「美術展の制作に行き詰ってるっぽいし、最近ひまりと会ってなかったでしょ?それもあるんだと思うけど」
「………」
「小児科医から診たら、異常なしなの。だから、恋煩いなんじゃないかと」

初めて来た時と同じように、ウインクされてしまった。
恋煩い。
ならば、何故『別れたい』だなんて言ったんだ。

母親と共に3階にある彼女の部屋に行くと、やつれた感じの彼女がベッドに横たわっていた。
見るからに疲れ切っているような。

以前、見た時よりも酷くて。
俺が知る彼女の面影とはまるで別人だ。

「帰る時に2階のリビングに来てね」
「はい」

母親が部屋から出て行くと、途端に静まり帰る室内。
空気清浄機の無機質な音が響く。

ひまりは寝入ってるようで、髪に触れても起きる気配がない。
ゴム手袋の存在が俺と彼女との間に隔たれた壁のように感じられる。
手に触れたのに、いまいちぬくもりが分かり辛い。
髪に触れたのに、触り心地が感じられなかった。

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