彼の素顔は甘くて危険すぎる

校舎内を巡回する先生の声が聞こえた。
近づく足音まで聞こえて来た、次の瞬間。
拘束していた両腕が解放され、成瀬くんは荷物を手にして立ち去った。

この学校で優等生で通ってる彼。
成績も結構よくて、表の顔は爽やか好青年風。
だから先生の目を気にするのか、足早に退散した。

万事休す状態だった私は、間一髪のところを救われた。
巡回中の先生に見つかったとしても、窓からの景色を描いていたと言えばいい、そう思った。
理由なんて幾らでも付け足せる。
だってそんな時のために、窓からの景色を自宅に帰ってから何枚か描いておいたから。

掴まれていた部分がジンジンする。
キスされるかもしれないという恐怖で足がすくみ、帰りたいけど中々一歩が踏み出せない。

それに今急いで階段を下りたら、校舎内でまた成瀬くんに会ってしまいそうで。
深呼吸して気を静める。

チェーンに通し、胸元にしまってある指輪をブラウス越しに触り、彼に感謝する。
守ってくれてありがとうって。

**

イヤホンを耳につけ、校舎を後にする。
彼に会えなくても、彼の声はいつだって聴くことが出来る。
こうして『SëI』の曲を再生すれば、いつだって。

巷では、クリスマス・イヴの日に生配信した曲『Eye』がいつになってもリリースされないことが話題になってて。
公式サイトの掲示板にも多数のリクエストがされている。
それでも一向に新曲としてリリースされないのは、彼の私への愛情だと勝手に思い込んでるけど。

だって、私のために作った曲だからって。
私に聴かせたくて生配信したけど、それ以外の人に聴かせる用じゃないからと、彼は言っていた。
未だにリリースされない事実がある限り、私は彼を密かに想い続ける、そう決めていた。

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