彼の素顔は甘くて危険すぎる
身支度を済ませた私は部屋に戻って軽くメイクをする。
といっても、基礎化粧してグロスを塗るくらいなんだけど。
彼の視線があるから、緊張して……。
「終わった?」
「……ん、お待たせ」
彼から貰ったヘアピンを留めて、にこっと微笑む。
「これ、出品用なの?」
「あ、……散らかってるよね、部屋」
「ん、結構ね」
彼の家と違って、足の踏み場がないほどに床が覆い尽くされている。
私は見慣れてるからどうってことないけど、彼は初めて見る光景だよね?
「出品用はあっちのイーゼルに掛けられてるのがそうで、床にあるのは売る用?」
「売る?」
「うん」
「誰に?」
「お母さんの知り合いの会社の人?何かの会社を経営してるらしくて、自宅やオフィスに飾る用の絵を何枚か買ってくれるみたいで、それで幾つか制作したんだけど」
「それって、本格的な仕事ってこと?」
「ううん、違う違う。バイト的な感じかな」
「バイト……」
「うん。病院内にも飾ってあって、似た感じの作風の絵が欲しいって前から言われてて、バイト代欲しさに描いてみたの」
「へぇ~。幾らくらいになんの?これらで」
「分かんないけど、数万くらい?もっと貰えるのかな?」
「結構いいバイトになるんだな」
「何年か前に個展に出した作品が売れたことがあって、その時で3万円だったの」
「そうなんだ」
「今デジタル画も頑張ってるんだけど、なかなか難しいよ、この世界」
「……だよな」
「うん」
誰かから欲しいと言われたら華だけど、売れない時期の方が大半なのは分かってる。
絵を描いて食べていけるだなんてほんの一部の人しかいないってことも。