彼の素顔は甘くて危険すぎる

予定時刻2分前に、ひまりの元に背の高い外国人が現れた。
奴が Aaron Camille らしい。

遠目でも分かる品の良さ。
歩く姿勢、椅子に座る所作に無駄がない。
しかも、男の俺が見ても『イケメン』の部類に入るほどのパーツが整っている。

簡単な日本語なら話せるとは聞いてるが、通訳も連れずに話せるのだろうか?
そんな疑問が湧いてきた、その時。

男の手には白い小さな機械のようなものが握られている。
翻訳機を使って会話するのか。
用意周到な野郎だな。

曲調を少し明るめの曲に切り替え、甘いムードを作らせないように気を配る。
向かい合う席に座ればいいものの、男はひまりのすぐ隣の席に座ったからだ。

暫く様子を見ていると、ひまりが笑っているのが見て取れる。
何の会話かは分からないが、楽しそうに話す姿にイライラが更に募る。

7曲目に突入した、その時。
ひまりの手に男の手が重なった。

思わず、鍵盤に乗せた手が止まってしまった。
ピアノ演奏を聴こうとわざわざ席移動して来た客が、驚いた表情をしたのが視界の隅に捉えたけれど。
そんなことはどうでもいい。
俺の大事なひまりに触れやがった。

ひまりが払いのけるまではせずとも、男の手から自身の手を引き抜き、困惑の表情をしたのを目にして、演奏を再開する。
けれど、男は尚もひまりの顔に自身の顔を近づけて話し始めた。

俺の中で、奴は危険だという警告音が鳴り響く。

無意識に再び手が止まってしまい、近くにいる客が『どうしたんだろう?』と騒ぎ始めた。

俺はその声さえも無視して、射抜く勢いで睨みつける。
距離にして5メートルちょっと。
レーザー照射のような鋭い眼差しを向けていた、次の瞬間。
その男が俺の視線に気が付いた。

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