彼の素顔は甘くて危険すぎる

「歩ける?」
「………ん」
「じゃあ、タクシーで病院に行こう。うちの両親医者だから」

彼女が言うには意識があって歩けるようならタクシーで病院を受診するのが通常らしい。
彼女に支えられながら一旦改札口の外に出て、駅前のタクシーに乗り込んだ。

「白星会医科大学病院にお願いします」

え、大学病院?
俺、そんなに悪い病気?
盲腸ってさっき言わなかったっけ?

「ん?……痛むの?大丈夫?」

いやいや、痛いから腕を掴んだんじゃないって。
痛みの波が山に達していて上手く声が出てこない。

数分おき、ほんの少し痛みが和らいだタイミングで声を掛ける。

「大学病院って?」
「ん?あ、兄がね、そこの医大にいて、両親もそこの出で、先に話をつけといてくれるらしいから、行けば分かるみたい」
「………」

無言で頷く。
こいつの家族は医師家系らしい。
それであの学校に通ってるってわけか。

こいつなら、話が通じるかも。

病んでる時は心が弱るだなんて言うけど、まさにそれ。
今、自分では何もできず。
事務所スタッフに連絡入れたくても会話する気力もない。

「橘っ」
「ん?」
「悪い、出た人に今の状況説明して……」
「あ、……うん」

スマホで事務所に電話を掛ける。
まだ専属のマネージャーはいなくて、事務所の一部の人しか俺の存在を知られていないということもあって。
相談できる人も限られている。

先週半ばに両親がアメリカに帰国してしまったこともあり、今頼れるのはこの数名しかいないということ。
その一部の人の中に、俺のスマホを握るこいつも含まれたようだ。

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