彼の素顔は甘くて危険すぎる
『山本さん、そこまでにして下さいっ。俺、帰りますよ?』
マイクの電源が入ってるようで、彼の声が響く。
「残り20分切ったから、スタンバイして~」
小野さんの合図で、オンモードになった彼。
ギターのチューニングを始めた。
すると、小野さんが振り返り、口にする。
「今日はファン向けに、サプライズ生演奏の収録の音源のみを公開することになっててね。事前告知はしてあるけど、その演奏者が『SëI』ってのを知ってるのはここにいるメンバーと社長くらいだから」
「……」
「しかも、一曲だけ」
一曲だけ。
生歌収録するためにここに来たのね。
そんな大事なお仕事に私が来てもよかったのかな。
ガラス越しに彼を見つめる。
自宅のブースで演奏する時よりも真剣な眼差しで、しかも自宅ではしない発声練習までしてる。
これが、プロの世界なのね。
表に出す以上、失敗は出来ないし、最高のものを届ける為に。
「3分前」
真下さんの声掛けで、室内の空気がガラリと変わった。
不破くんはペットボトルの水を一口飲んで、目を瞑って首を回す。
緊張してる風には見えないけど、普段のおちゃらけてる感じでもない。
私が知らなかった、別の彼がそこにいた。
「……5秒前、4、3、2、(1)……」
スタートを知らせるカウントダウンと共に、MCを務める真下さんがマイクに向かった、その時。
ガラスの向こうにいる彼の口元が、『クリスマスプレゼントな?』と言ってる気がした。
『皆様、MerryXmas!《Rainbow Bridge》 から『SëI』による生歌をファンの皆様にクリスマスプレゼントしたいと思います。未発表の新曲、『Eye』です』