うそつきな唇に、キス
わたしの言葉に相模さんはぴしりと凍りつき、渡貫さんは小さくため息をついた。……そして、七宮さんはというと。
「でぃ、ディすレクシ、あ?」
なんのことかわからずに、頭上にハテナを乱舞させていた。
それを見た相模さんは、目頭を揉んでため息をつき。
「……ディスレクシアとは、簡単に言えば学習障害の中でも読み書きが極端に苦手な人間のことだ」
「え?で、でもオレ、カンちゃんが書く文字すげえ綺麗で何回も真似させてもらって、」
「ディスレクシアの中でも、特に渡貫さんは、〝読む〟行為を苦手としているのでしょう。……ですよね、渡貫さん」
私に下敷きにされている渡貫さんを見下ろすと、彼は小さく苦笑した。
「……なぜ、わかったのですか」
「かん、ちゃ……?」
「あなたの部屋に置かれていたドッジファイルの中は、全てグラフのみ。文字が一切書かれていませんでした。けれど、小説なんて置いてるだなんて、かなり不釣り合いだなあと思いまして。加えてあなたは目が悪いと言うからこれもまたおかしい。そして決定的だったのは、わたしが落とした灰色のボタンです」
「……ボタン?」
「はい。コンクリと同色のボタンを、わたしはわざわざ音がしないように、ですがあなたが確実に通る道に落としました。どの程度目が悪いのかはわかりませんでしたが、話を聞く限り、小さな活字を追うのに苦労する位には目が悪いらしい。けれど、あなたは見事ボタンに気付き拾ってみせた。目が悪いと、背景に溶け込む同色の、それも小さな物体には気付きにくくなるにもかかわらず、です。……なので、何か〝文字が読めない言い訳〟がほしかったのかな、と思いまして」