うそつきな唇に、キス



「……あ、え、いま、わたし、褒められ……?」



ハッとそれに気がついたのは、靴を脱いでから。

さっきから少し重たい右足だとか、若サマに話していない条件のこととか。いろいろ頭の中にあったはずなのに、それも全てすり抜けていくほどの、衝撃。



「……若サマから、ほめられ、え、あれ、褒められた、よね……?」



たぶん、いろんな思惑があったのだと思う。

わたしが知らない、若サマと琴の思惑が。


でも、それでも。だとしても。



「……あれ」



ふらふらと、足は勝手に脱衣所へ向いていて。

すとん、と。ブレザーに、シャツに、スカートを脱いだところで、ふと見てしまった。



「わたし、どうして、」



────泣いているんだろう。


大きな洗面台に設置されている鏡に映るは、呆然と左目から涙を流しているわたしの姿だった。

それも、とめどなく。



「なんで……」



ただただ、茫然自失としながら、鏡を見つめた。

そこに映るのはか弱い少女などではないと、とうの昔に知っていたから。



「今流したって、意味なんて、ない、のに……」



わかっている、わかっていた、そんなこと。

……でも、それでも。


なぜか頭の中から、不器用に落ちてきた温かい手と、あの言葉が、こびりついて離れようとしなかった。



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