うそつきな唇に、キス
ꄗ
「………、」
────見下ろしていた。いつのまにか、その姿を。
決して自分の前では見せることのなかった、彼の人の寝顔を。
反射的に、さらさらな黒髪へと手を伸ばしかけて、すぐさまその手を引っ込めた。
自分から触れることなど、あってはならなかったから。
かわりに、自分の部屋にあった毛布をよろけながらリビングへと持っていって、彼へとかけた。
幸いひどく疲れていたのか、近寄っても毛布をかけても起きることはない。
「……疲れていたのは、あなたの方じゃないですか」
琴と遭遇した脱衣所で、夕ご飯ができていることは知っていたけど、あなたが眠っていることは聞いていなかった。
「……若サマ、」
それは、不意にこぼれた言葉。
しがらみも、過去も、今も、未来も。
全部振り切った、切実な願い。
「いつかわたしを────ころしてくださいね」
抑揚のないセリフ。けれどそれは、来る未来の啓示に他ならない。
泣いた後など誰もが気づくはずのない左目。
震えてなどいない声。安定した呼吸。
それに気づく者がいれば、どれほどよかったか。
「……おやすみなさい、若サマ」
「────夢を見るなよ、える」
背を向けた光などない夜の中で、互いが互いを見つめていたことなど、わたし達は気づこうともしなかった。