うそつきな唇に、キス
名前、というか愛称のようなものは、すでに聞き及んではいるものの、わたしが呼んでいいものなのかはわからないから。
もしかすると、ふたりの間だけで使われる仮名のようなものかもしれないし。
「……アイツは琴吹……いや、コトでいい」
「琴」
「吹でもゴキブリでも好きな名前で呼べ」
「若。それは本人に了承を得てからおっしゃってほしいものなのですが……」
「なら琴ですかね」
「えるも人の話聞かないタイプの人間か……」
前からひどく重たいため息が聞こえたけど、なんとなくスルーしていいような気がして、右から左に聞き流す。実際、隣の人も聞こえなかったフリをしていた。
「では、あなたのことは?」
「……琴吹、何か出せ」
すっと視線を適当に琴に流した隣の人に堪忍袋の緒が切れたのか、琴は眉尻をぴくぴくさせながらルームミラーを睨み見た。
詳しく言うと、ルームミラーを介して、隣の人をぎんっと。
「……おい若!さっきから下手に出てりゃ好き勝手言いやがって。ちょっとは左腕を敬いやがれ!?あとしたくもない世話係してやってんのに」