うそつきな唇に、キス
前方から物騒すぎる言葉が聞こえたのは一旦無視して、真剣に考えた。ほんとに、真剣に。
考えて考えて考えて、考えた、のち。
「……じゃあ、若サマって呼んでもいいですか」
出なかった。
「……随分とシンプルなものが出てきたな」
「も、もうちょっとふざけたノリのやつでもいいんじゃねえの?ネコとかイヌとか」
「それでおれが答えるとお前は本気で思っているのか?」
言い合いをしながら、琴に肩に引っ掛けていたタオルを取られ、またわしゃわしゃ痛いと思うくらい雑に髪の毛を拭かれた。わたし、そんなに汚いのだろうか。
「えるはそれでいいのか?」
「……はい。よく考えたら、わたし人の名前とかそんなに知らないなって」
「じゃあもうサトウでよくね?」
「それならスズキかタカハシがいいと思います」
「おお、いいなそれ!」
「おい。もう若サマに決まったのだろう」
顔に似合わずニカッと快活に笑う琴を嗜めるように、若サマが言葉を遮った。どうやらあまりお好みの呼称ではなかったらしい。