うそつきな唇に、キス



「……食べないのか?」

「え、」



何もすることがなく、ただただ行儀良く料理を食べている若サマを見つめていたら、箸を置いてそう言われてしまった。



「……食べても、いいんですか?」

「琴吹がそう言っていただろう」

「でも、こういう時は全員が揃って食べるものだと学びましたので」

「………今まで、お前はそうしていたのか?」



その問いに、うんともすんとも答えなかった。否、答えられなかった、というのが正解だろう。


ただ、最低限栄養が補充できる食品ではなく、誰かの手によってわたしのために作られた料理を、食べてもいいとは到底思えなかった。



「……基本的におれたちは夕食を全員でとることを義務としていない。おれも琴吹も、食事をとらないことなどザラにある」



右にグレー、左に澄んだ朱殷のピアスを開けている彼は、話す時の癖なのか、右のピアスに触れている。


……あれ。確か、会った時は右の耳朶にしか空けてなかったと思うんだけど……。見間違い、かな。



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