うそつきな唇に、キス




信用云々の話ではない、ということはわかっていた。

ただ、そう。ほんの、出来心で。



「あー、まあそれはそうだけど、」

「それはそうなんですか」

「それより、これ、どうした」



これ。琴が指し示すのは、鼻に押し当てられた手。


一瞬、誤魔化すか否かを考えて。



「……、実は、血が出ちゃって」



一部始終を見られている可能性もあったので、正直に話すことにした。


苦笑いしながら覆っていた手を離せば、ぽたり、と耐えきれなかった赤い雫がひとつ落ちる。

すると、その一連の流れに一瞬時を止めた琴だったけど、すぐさま息を吹き返したように窓から姿を消した。



「そういうことは早く言えバカ!!!」



そんな怒号を残して。



「……その鼻血、一体どうした」



かわって、至って冷静に事情を聞いてくるのは、その場に残った若サマ。


最早さすがとしか言いようがないほどの冷淡さ。



< 52 / 217 >

この作品をシェア

pagetop