うそつきな唇に、キス
あんな、この世界でのチートのそばにほぼ四六時中いて、平静を保てていることがまずすごい。
普通なら、とっくのとうに正気を失っていてもおかしくないのに。
「……さすが、若サマの側近なだけはある、のかな」
よろよろと個室から出て、固まった血の跡を洗い流しながら、ふと鏡を見た。
体に蔓延るアザを悟らせないよう、首元はタートルネックで覆い隠し、脚はフェイクタイツを履いて偽装。
なんともまあ気の利いた服だと思う。
「……ようやく、機会がおとずれたんだ」
すべてを騙し、嘲り、間違った好機が。
だから。
「────なんとしても、嘘を突き通す」
例え、多少の犠牲が、そこにあったとしても。
「……あ、エるちゃん。廊下にスマホ落としとったデ。気ぃつケんと」
「すみません」
そんな覚悟を、わたしが再度固めていた頃。
─────一方。黒塗りの車の中では。
「おい、琴吹」
「なんだよ」
「……わかっているな?」
右耳に触れ、外を見やる人間と、柔らかい空気を消した運転手の、ふたりしかいない空間で。
「ソレで、あいつの、えるの素性を徹底的に洗え」
「……わかってるよ、んなこと」
そんな会話がなされていたなんて、知る由もなかった。