うそつきな唇に、キス
喵さんが隣でぶうぶう文句を垂れているその横で、わたしはというと、やっとこの苦手な空間から開放される……と思って、すぐさま車のドアハンドルに手をかけた、まさにその時。
「えるちャん」
「え、」
その手の中に滑り込むように、重ねられた傷跡だらけの手。
瞬時に近づいた体温と、距離。
気づけば、さらりとした喵さんの長いオリーブアッシュの髪が頬にかかるほどの近さで見下ろされていた。
「なんや困ったことがあったら、─────僕んとこオいで」
耳を通して、脳内に直接溶け入れるように囁かれた言葉。
何か言おうと口を開きかけた時には、すでに距離は元通りになっていて。
外側からドアが開けられ、強制的に体が外へと押し出される中、喵さんはやっぱり笑っていた。
「ホな、また明日な〜えるちゃん。あ、あと、やっぱ僕のこトは睿霸って呼んでな」
全部を聞き終わった直後、バタンと示し合わせたように閉じられたドア。
そして、車内から転がり落ちるように出てきたわたしの背中を支える手、の、持ち主、は。
「あ、あははは……お出迎えありがとうございます、です。琴」
「………え〜る〜?お前には同居するにあたってのなんたるかをみっちり教えてやらないといけないみたいだなあ?!」
般若の如き顔をした琴が、仁王立ちをしてそこにいた。