綾織り
声を掛けても、母は何も言ってくれなかった。

台所に降り、下駄を履いた。

父が、足元には気をつけなさいと、送ってくれた物。

唯一の贅沢品だ。


外を見ると、近所の人が集まっていた。

「武家の家だって言うのに、お金に困っているなんてね。」

「まさか、娘を楼閣に出すとは、思っていなかったよ。」

最後の別れに来てくれたのだと思っていたのに、皆の間に飛ぶ話は悪い物だけだ。

「ご主人は?お金を送ってくれなかったの?」

「しっ!この前、亡くなったって言ってたじゃないか。」


そう。お金を出してくれていた父は亡くなった。

その途端、父の側室だった母の元に、出資は途絶えた。

跡を継いだ嫡男が、数人いる父の側室に、いちいちお金を送っていられないと判断したらしい。

父が亡くなって数カ月で、この家は食べ物にも困るようになった。


普通は働きに出るのだろう母は、同じ武家の出身だった。

家で大人しくしているのが当たり前で、母の頭に”働く”という言葉はなかったらしい。

そして、私も働く事を禁じられていた。

武家の娘が働くなんて、恥ずかしいと母が言って。

だけど、そんな暮らしももうおしまい。

どんな生活が待っているかは、正直想像でしか分からないけれど、これだけは分かる。

食べる物には、困らないと。

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