恋の仕方、忘れました
あわよくば一緒に帰れないかなって思っていたから、ちょっと残念。
でも仕方ないよね。仕事なんだもん。
「気をつけて行って来てくださいね」
「お前も行く?」
「え?」
「もう遅いし、ついでに送る」
主任はそう言うと、パソコンをシャットダウンさせて身支度を始めた。
主任と……帰れる……。
嬉しいけど、ちょっと待って。確かK産業って私の住むアパートと反対方向だ。
そこから私を送ってたら、主任が家に帰るの遅くなっちゃう。
ただでさえあまり休めていないのに、私が彼の重荷になりたくない。
本当は隣に座りたいけど。あの日みたいに手を繋ぎたいけど……今日はやめておこう。
「私まだ終わらないんで、今回はやめておきます。お疲れ様です」
貼り付けたような笑顔を浮かべて言葉を紡ぐと、主任は「分かった」と一言零した。
こういう時、営業スマイルが出来てよかったなって思う。
本当はめちゃくちゃ一緒にいたいけど、恐らく顔に出ていないはず。
だって、察しのいい主任もすぐに納得してくれた。
だから今、席を立ち上がった彼はこのまま事務所を後に────…
「じゃあちょっと、充電させて」
「へ?」
席を立った彼はそう言うと、鞄も持たず私の方へ歩いてくる。
ぽかんとする私のすぐ後ろまでやってきた主任は、机に手をつくと覗き込むようにして私と視線を絡め、ちゅ、と触れるだけのキスをした。