あなたの側にいられたら、それだけで
7
「150年も経ったの……?」
「ああ。俺の姉を覚えているか?」
「ケルシーのこと? もちろん」
アデルにも優しく接してくれた、とても朗らかな人だった。
「うん。俺たちの子供はケルシーとジョセフに引き取ってもらって、育ててもらったんだ。自分の子供たちと同じように可愛がってくれたよ」
「そうだったの……」
「ああ。年を取らない俺が育てていては、最初はよくても子供が奇異の目で見られるからな」
そうしてエリオットは時々アデルと自分の子供を密かに物陰から見守る以外は、この家に引きこもっていた。エリオットは自分の子供の前に姿を現さないと決めていた。
やがてアデルとエリオットの子供は成人し、ケルシーとジョセフから真実を聞かされた。
それまで十分ケルシーとジョセフに愛されて育った彼は、最初の衝撃が去ると、エリオットに会いたいと懇願した。
「彼が望むなら、とこの家に招待することにした」
エリオットの顔が蒼白になった。
「俺は……俺だけは、俺たちの息子に会った」
アデルは首を横に振った。
「いいの。彼が望んだのであれば、私が貴方でもそうしたと思うわ」
その答えを聞き、エリオットはゆるゆると息を吐いた。
「だが俺は……。息子より君を……」
アデルはエリオットの逡巡の意味がわかっていた。
だからもう一度首を横に振る。
「本当に、いいの。わかっている」
エリオットはため息のようなものをついた。
「彼は……すごく良い青年だった。笑顔が君に似ていた」
エリオットは彼に赦しを乞うた。自分の我儘で彼の側にいられなかったこと。彼から両親を奪ったことを。全ては自分の咎だ、恨んでくれていい、憎んでくれていい、と呟くエリオットに、息子は泣きながら告げた。
『今の両親は、僕を愛して育ててくれました。だから僕は貴方を恨んでいません。そして、僕のお母さんをお
父さんがそこまで愛していたことを知って、僕は……生まれてきてよかったなと思っています』
息子とはそれからも密かに交流は続いた。会うのは必ず、この家で。眠るアデルと共に。もちろん、エリオットが息子の人生の表舞台で関わることは一度もなかった。そして息子は最期に遺言を残した。
本当の両親を自分の子孫が秘密裏に守っていくのだと。そうして彼らがつましく生きていけるだけの財産を与えていくことを決めたのだ。
エリオットが毎月会っていたあの女性は――アデルとエリオットの子孫だったのだ。それはあの女性が望んだからだ。
女性は、アデルとエリオットの物語に深く魅せられていた。
「そんな……」
アデルは言葉を失った。
「これが真実だ。君が記憶が戻ったのなら、今度からは一緒に会おう。彼女と話しているのは、君のことばかりだ」
彼女は君が目覚めたと知ってからずっと会いたがっていたよ、とエリオットは静かに続けた。
アデルはしばらくして、彼に尋ねた。
「エリオットは、辛くなかった?」
瞬いたエリオットは、意外なことを聞かれた、とばかりに小さく首を傾げた。
「俺が辛い? なんでだ?」
「だって、自分の子供を自分で育てられなくて。私にそんな魔法をかけなければ貴方は人間として生きられたし、まだ若かったのだからきっと再婚だって――」
「アデル」
エリオットが彼女の名前を呼ぶ。
「俺にとって、君がいなければ何の意味もないことだ」
「エリオット……」
「もちろん、子供の成長を側で見られなかったことは辛かった。だがケルシーは度々我が家にやってきて子供の様子を聞かせてくれたし、必要があれば影から見守ることもできた。それに成人してからは、俺の存在を彼は知っていた。彼は俺を赦してもくれた。だから悔いはない」
エリオットの美しい顔がそこで歪んだ。
「それより俺は君が記憶を取り戻したら謝らなくてはと思っていた。俺が君を失いたくないばかりに、この世を永遠に彷徨う存在にしてしまった。あんなに楽しみにしていた子供の成長も見守ることができなかった。だからといってこれから子供を産むこともできない。君にとってこれが最善の選択だったのかを、俺に決定する権利なんてなかった」
「エリ、オット……」
エリオットの瞳は揺れていた。
「俺は君が眠っている姿を見守るだけで幸せだった。いつまでだって待てた。だが君は――」
アデルの両の瞳からこらえきれず涙が溢れた。
「アデル、泣かないでくれ。どうやって謝罪したらわからないが、それでもできる限りの贖罪はするつもりで」
彼女は首を横に振った。
「エリオット……」
「なんだ?」
アデルはエリオットをじっと見つめた。
(ああ……、私は、彼のことを)
「愛してる」
その瞬間、エリオットの全ての動きが止まった。
「愛してる」
アデルはしゃくりあげながら、もう一度言葉にした。
「私も、私も同じ決断を迫られたら同じことをした。貴方が死にかけて、貴方を救える方法があったらなんだってしたに違いないわ。だって愛しているから――エリオット、愛してる」
号泣しながらアデルが両手を広げると、ようやくぎくしゃくと動き始めたエリオットが彼女を抱きしめた。かつて何度も抱きしめた彼の身体は今も変わらずしっくりときて、彼女にやすらぎを与える。
「俺も、君を愛している。誰よりも、何よりも。自分の命よりも」
「私も……私を見守っていてくれて、ありがとう。待っていてくれて、ありがとう。愛してくれてありがとう」
アデルの声は震え、掠れていた。
「うん」
万感こもったエリオットの声も掠れていた。
「これからは私が貴方の側にいる。ずっとずっといる。もう一人にさせないわ」
彼女を抱きしめていた彼の腕に更に力がこもった。
まるで離さないとばかりに強く抱きしめられ、アデルも彼を抱きしめ返した。
エリオットが彼女の耳元で囁く。
「今までだって君と共に生きていたよ。お願いだ、これからも俺と永久に生きてくれ」
「……うん。私、あなたが側にいてくれたら、それだけで――」
「ああ。俺の姉を覚えているか?」
「ケルシーのこと? もちろん」
アデルにも優しく接してくれた、とても朗らかな人だった。
「うん。俺たちの子供はケルシーとジョセフに引き取ってもらって、育ててもらったんだ。自分の子供たちと同じように可愛がってくれたよ」
「そうだったの……」
「ああ。年を取らない俺が育てていては、最初はよくても子供が奇異の目で見られるからな」
そうしてエリオットは時々アデルと自分の子供を密かに物陰から見守る以外は、この家に引きこもっていた。エリオットは自分の子供の前に姿を現さないと決めていた。
やがてアデルとエリオットの子供は成人し、ケルシーとジョセフから真実を聞かされた。
それまで十分ケルシーとジョセフに愛されて育った彼は、最初の衝撃が去ると、エリオットに会いたいと懇願した。
「彼が望むなら、とこの家に招待することにした」
エリオットの顔が蒼白になった。
「俺は……俺だけは、俺たちの息子に会った」
アデルは首を横に振った。
「いいの。彼が望んだのであれば、私が貴方でもそうしたと思うわ」
その答えを聞き、エリオットはゆるゆると息を吐いた。
「だが俺は……。息子より君を……」
アデルはエリオットの逡巡の意味がわかっていた。
だからもう一度首を横に振る。
「本当に、いいの。わかっている」
エリオットはため息のようなものをついた。
「彼は……すごく良い青年だった。笑顔が君に似ていた」
エリオットは彼に赦しを乞うた。自分の我儘で彼の側にいられなかったこと。彼から両親を奪ったことを。全ては自分の咎だ、恨んでくれていい、憎んでくれていい、と呟くエリオットに、息子は泣きながら告げた。
『今の両親は、僕を愛して育ててくれました。だから僕は貴方を恨んでいません。そして、僕のお母さんをお
父さんがそこまで愛していたことを知って、僕は……生まれてきてよかったなと思っています』
息子とはそれからも密かに交流は続いた。会うのは必ず、この家で。眠るアデルと共に。もちろん、エリオットが息子の人生の表舞台で関わることは一度もなかった。そして息子は最期に遺言を残した。
本当の両親を自分の子孫が秘密裏に守っていくのだと。そうして彼らがつましく生きていけるだけの財産を与えていくことを決めたのだ。
エリオットが毎月会っていたあの女性は――アデルとエリオットの子孫だったのだ。それはあの女性が望んだからだ。
女性は、アデルとエリオットの物語に深く魅せられていた。
「そんな……」
アデルは言葉を失った。
「これが真実だ。君が記憶が戻ったのなら、今度からは一緒に会おう。彼女と話しているのは、君のことばかりだ」
彼女は君が目覚めたと知ってからずっと会いたがっていたよ、とエリオットは静かに続けた。
アデルはしばらくして、彼に尋ねた。
「エリオットは、辛くなかった?」
瞬いたエリオットは、意外なことを聞かれた、とばかりに小さく首を傾げた。
「俺が辛い? なんでだ?」
「だって、自分の子供を自分で育てられなくて。私にそんな魔法をかけなければ貴方は人間として生きられたし、まだ若かったのだからきっと再婚だって――」
「アデル」
エリオットが彼女の名前を呼ぶ。
「俺にとって、君がいなければ何の意味もないことだ」
「エリオット……」
「もちろん、子供の成長を側で見られなかったことは辛かった。だがケルシーは度々我が家にやってきて子供の様子を聞かせてくれたし、必要があれば影から見守ることもできた。それに成人してからは、俺の存在を彼は知っていた。彼は俺を赦してもくれた。だから悔いはない」
エリオットの美しい顔がそこで歪んだ。
「それより俺は君が記憶を取り戻したら謝らなくてはと思っていた。俺が君を失いたくないばかりに、この世を永遠に彷徨う存在にしてしまった。あんなに楽しみにしていた子供の成長も見守ることができなかった。だからといってこれから子供を産むこともできない。君にとってこれが最善の選択だったのかを、俺に決定する権利なんてなかった」
「エリ、オット……」
エリオットの瞳は揺れていた。
「俺は君が眠っている姿を見守るだけで幸せだった。いつまでだって待てた。だが君は――」
アデルの両の瞳からこらえきれず涙が溢れた。
「アデル、泣かないでくれ。どうやって謝罪したらわからないが、それでもできる限りの贖罪はするつもりで」
彼女は首を横に振った。
「エリオット……」
「なんだ?」
アデルはエリオットをじっと見つめた。
(ああ……、私は、彼のことを)
「愛してる」
その瞬間、エリオットの全ての動きが止まった。
「愛してる」
アデルはしゃくりあげながら、もう一度言葉にした。
「私も、私も同じ決断を迫られたら同じことをした。貴方が死にかけて、貴方を救える方法があったらなんだってしたに違いないわ。だって愛しているから――エリオット、愛してる」
号泣しながらアデルが両手を広げると、ようやくぎくしゃくと動き始めたエリオットが彼女を抱きしめた。かつて何度も抱きしめた彼の身体は今も変わらずしっくりときて、彼女にやすらぎを与える。
「俺も、君を愛している。誰よりも、何よりも。自分の命よりも」
「私も……私を見守っていてくれて、ありがとう。待っていてくれて、ありがとう。愛してくれてありがとう」
アデルの声は震え、掠れていた。
「うん」
万感こもったエリオットの声も掠れていた。
「これからは私が貴方の側にいる。ずっとずっといる。もう一人にさせないわ」
彼女を抱きしめていた彼の腕に更に力がこもった。
まるで離さないとばかりに強く抱きしめられ、アデルも彼を抱きしめ返した。
エリオットが彼女の耳元で囁く。
「今までだって君と共に生きていたよ。お願いだ、これからも俺と永久に生きてくれ」
「……うん。私、あなたが側にいてくれたら、それだけで――」