紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 家に帰ったら、玲哉さんがスマホを見ていた。
「お帰り。南田さんから連絡が来てたぞ」
 え、まさか……。
「明日写真撮影があるそうだ。天気予報も晴れらしい」
 分かりきっているけど、はぐらかして聞いてみた。
「撮影って、何のですか?」
「俺たちのウェディングフォトを撮ってくれるそうだ」
 やっぱり。
 ただの冗談じゃなかったの?
「まあ、確かに俺たち、披露宴どころか結婚式もしてなかったからな。この際だから、お願いしたらいいんじゃないか」
 なんでいつもそんなに前向きなんですか。
 少しは立ち止まって私の方を向いてくれたっていいじゃないですか。
 ためらって言葉を飲み込んだからって私は承諾したわけじゃないのに。
「宣伝にも使えるかもしれないしさ。薔薇園で写真を撮りたい新郎新婦にアピールするチャンスだろう。そのために作った造花のフォトスポットだからな」
「だったら、ちゃんとしたモデルさんを用意した方がいいじゃないですか」
「そんなお金はないだろ。俺たちならただだ。すべてはアイディアで乗り切るんだ」
 それはそうですけど。
「写真屋さんは、カメラが趣味の南田さんの知り合いを呼んでくれるそうだ」
「でも、衣装は?」
「明日の朝一番にレンタル業者のところへ行く」
 いつだって即断即決。
 それは頼もしいときもあったけど、強引すぎるところでもある。
 私の気持ちとか、好みなんかどうだっていいって言うの?
 操り人形の糸を断ち切って私を自由にしてくれたのは玲哉さんだけど、糸を引く人が変わっただけじゃない。
 どうせ私なんて、誰かに引っ張ってもらわないと立ち上がることすらできないんだ。
 結局、人間は変われない。
 変わろうとしても、変わったつもりになって手のひらで踊らされているだけ。
 ――プツン……。
 心の中で、糸が切れる音が聞こえた。
「おい、紗弥花、どうした?」
 ――え?
 ふと我に返ると、頬が冷たかった。
 ぎゅっと握った拳を震わせながら私は泣いていた。
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