紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
「落ち着けよ、紗弥花。どうした」
「触らないでください」
 抱き寄せようとする玲哉さんに憎しみを感じて反射的に手を突き出していた。
「分かったよ。触らない」と、玲哉さんは一歩下がって両手を上に向けた。「だけど落ち着いて。大丈夫だ。俺の目を見てくれ」
 大丈夫って。
 何が大丈夫なんですか。
 信じようと思った瞬間に、いつも足をすくわれる。
「紗弥花、約束したろ」
 玲哉さんが右目をつむっている。
 あいかわらずウィンクが下手な人。
「ほら、俺の目を見てくれよ」
 それがなんだって言うんですか。
「俺は君のためだと思っていたんだ。気持ちが行き違いになったわけだけど、それだけは信じてくれ」
 信じろって……、信じたってこうなるんじゃないですか。
「俺はちゃんと聞いているよ。紗弥花の話を聞いているよ」
「聞いてないじゃないですか。自分で勝手に決めて、全部それを押しつけるだけ。話なんか聞いてませんよ。全然聞いてないくせに聞いてるって口ばっかりで……」
「確かにその通りだ」と、玲哉さんが悲しそうに首を振る。「俺の考えばかりしゃべってしまって、悪かったよ。俺は君のためだと思い込んでいただけで、ただ単に仕事の都合しか考えていなかったんだよな。俺が間違っていたよ。本当にすまない」
 と、不意に玲哉さんの指先からふわりとラベンダーの香りが漂ってきた。
 ――あれ?
 今日も……?
「お花、買ってきてくれたの?」
「あ、ああ」と、リビングのテーブルを指す。「この前みたいに今さら隠しておくことでもないだろうから、さっき花瓶に挿しておいたんだ」
 花を買うこと、それはただ単にお金と物を交換することではない。
 花に込められた記憶や気持ちを大切に思う行為。
 それは相手を想うことでもある。
 紫の香りが優しく頭を撫でてくれたような気がした。
 ――どうして言えなかったんだろう。
 最初から嫌だってはっきりと言えば良かったのに。
 曖昧にごまかしてしまったから、ちゃんと気持ちが伝わらなかったのかもしれない。
 それは玲哉さんだけの一方的な過ちではなくて、はっきりと伝えられなかった私にだって落ち度があったということだ。
 言えないのは私の弱さだ。
 相手を責めて、自分自身の姿から目を背けてしまっているんだ。
 ――ごめんなさい。
 でも、言葉が声にならない。
 あんなに文句は言えたのに、大事な一言が出てこない。
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