紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
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紗弥花の祖父、昭一郎さんは俺の人生の師だ。
俺の両親は中学の時に交通事故に巻き込まれて亡くなった。
身寄りのない俺は、真宮昭一郎氏が代表を務めていた真宮文化財団の奨学生として全寮制の中高で学び、大学に進学することができた。
あれは十三年ほど前だったか、俺が昭一郎さんに大学合格の報告をしにいったときのことだった。
今も変わらない真宮ホテルの庭園を昭一郎さんと歩きながら話をしていた。
「おかげさまで第一志望に合格することができました。ありがとうございました」
「それは何よりだね。ご苦労さん」
「いえ、苦労ではありません。当然の努力と、その結果です」
「まったく君らしい考え方だな」と、昭一郎さんは朗らかに笑ってくださった。
と、そのときだった。
池を回った先の東屋で絵を描いている女の子の姿が目に入ったのだ。
正直、特に目立つ特徴があったわけでもない。
むしろ、どこにでもありそうな中学の制服姿で、庭園に溶け込んだかのように地味な少女だった。
ただ、俺はなぜかその女の子が気になって仕方がなかったのだ。
「……ということだよ」
「あ、はい」
話に身が入っていない俺の視線の先をたどった昭一郎さんが軽く咳払いをした。
「なるほど、そういうことか」
「あ、いや、すみません」
すると、同級生をからかうような笑みを浮かべた昭一郎さんが、まったく思いも寄らないことを言い出した。
「君にチャンスをやろう。ビジネスはフェアであるべきだ」
そして俺は女の子のところまで連れて行かれたのだった。
近くまで行くと、女の子はわざと俺を見ないようにしながら昭一郎さんにだけ視線を向けていた。
「うちの孫だよ。絵を描くのが好きでね。よく花の絵を描いて私に見せてくれるんだ」
その少女ははにかみながらスケッチブックを昭一郎氏に向けた。
「ほう、ラベンダーか」と、振り向きながらあたりを見回す。「どこに咲いているのかな?」
「あったらきれいかなって」
「ほほう。なるほどな。今度、庭園担当に話してみるよ。絵が描き上がったら私の所に持ってくるといい」
そして昭一郎さんは俺を彼女に紹介してくださった。
「こちらは今度大学に合格したうちの財団の奨学生だよ」
その少女は困惑した目で俺を見ていた。
「ど、どうも、初めまして。久利生……、久利生玲哉です」
男子校育ちで女子慣れしていない俺があまりにもぎこちない挨拶しかできなかったせいか、彼女もひょこりと頭を下げてくれただけだった。
「あ、あの、ショウガクセイっていうのは奨学金を受け取っている学生という意味で……、エレメンタリースクールではありません」
思い出すのも恥ずかしい俺の黒歴史だ。
「ごめんなさい」と、少女がきっちりと腰を折って頭を下げた。「叱られるんです……、母に。男の人……と、しゃべってると」
彼女は名前も言わず、逃げるように駆けていってしまった。