紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
「わ、私の体では?」
 馬鹿な女だと笑われるかと思ったら、返ってきたのはそれ以下の反応だった。
「そんなものに価値があると思ってるんですか」
 まるで古い指輪の鑑定結果を告げるかのように、何の感情もこもっていない。
「わ、私、し……処女です。キスどころか、男の人の手を握ったこともありません」
 最後の切り札のつもりだったのに、男がこちらまで聞こえるほどわざとらしく鼻で笑う。
「融資の審査で一番重要なのはこれまでの経営実績ですよ。つまり経験のないあなたに価値はない」
 また冷徹なコンサルタントの仮面に本性が隠れてしまった。
「それはビジネスの話ですよね。私の男性経験とは意味が違いませんか」
「ああ、そうだ。俺はビジネスの話だというからあんたの相手をしているんだ」
 これまで感情を露わにすることのなかった男が初めて声を荒げた。
 膝に置いた私の右手に男の左手が重なる。
 ひんやりとしたトカゲみたいな手から逃げようとすると思いっきりつかまれた。
「こんなことで震えてるようじゃ、俺の要求には応えられないだろうさ」
「す、すみません。な、なんでもします。なんでもできます。なんでもしてください。好きなようにめちゃめちゃにしてくれて構いません。どんな指示にも従います。ど、どんな恥ずかしいことでも……」
 彼からは何も返ってこない。
 でもここで引き下がったら終わりだ。
 私は思いついた言葉を言ってみた。
「脱げというなら、今すぐ脱ぎます」
「さっきから何を訳の分からないことを言ってるんだ。子供の遊びにつきあえって言うのか?」
「いえ、ビジネスです」
「薔薇園の再建のことだろう。だが、あんたにそんな覚悟があるのか。経営は遊びじゃない。失敗すれば従業員や取引先にも迷惑がかかる。気まぐれお嬢さんの遊びに付き合って人生を狂わされたら、たまったもんじゃない」
 受け入れられない指摘だけど、的確すぎて反論できない。
 ――だめだ。
 やっぱり私には何もできないんだ。
 こんな屑みたいな人にすら相手にされないなんて。
 私の方が屑以下だから。
 だけど……。
 守らなきゃ。
 おじいちゃんの大切な思い出を守らなくちゃ。
 そして何より、私を通り越して勝手に決められた婚約を破談にするために。
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