紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
「ビ、ビジネスの話なら聞いてくれるんですよね」
「ああ、そうだ」
「薔薇園を再建して黒字化したらその収益をあなたに返します。だけど担保がありません」
「だからそれではビジネスにならない。何度も言わせないでくれ」
「ですから、お願いです。価値はないかも知れませんが、私の体を好きなようにもてあそんでください。言いなりになって好きでもない人と結婚するくらいなら、いっそのことあなたみたいな最低な人にひどく辱められた方がましです。そうすれば私は親からも和樹さんからも見捨てられる。でもそれでやっと自由になれる……」
 すると彼はにやりと笑みを浮かべた。
「自由がほしいのか」
 ――え?
「やっと本音をさらけ出したな」
 彼はつかんでいた私の手にもう一度力を込めた。
 話の間ずっとつかまれていたことを忘れていた。
 冷たい手だと思っていたのに、今はぬくもりを感じる。
「顧客のニーズに隠れた本質を探るのが俺の仕事だ」
 そうつぶやいた彼は私の手をはなしてステアリングを握り直した。
「受けてやるよ。あんたの望み通りにしてやる。男ってものを教えてやるよ」
「ありがとうございます」
 知らぬ間に体がこわばっていたらしい。
 ふうっと息を吐いてシートに体を預けたとたん、緊張がほぐれて意識が薄れていった。
 坂の多い町を駆け抜けるセダンの心地よい揺らぎに包まれた私はいつの間にか眠っていたらしい。
 おそらく、ほんの数分のことだったんだろう。
 なのに私は、紫の香りに頬を撫でられたような夢を見ていた。
 初めてのキスはそんな淡い夢の中だったような気がした。
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