紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
「自己流で料理を覚えたんですか」
「最初のうちは野菜の皮むきとか、煮込んでいる間に焦げつかないようにかき混ぜるとか、その程度だったが、見ているうちにやり方を覚えた。料理というのはどんなものでもほとんど同じ概念の派生形態なんだ。どんな食材を使うか。どうやって熱を加えるか。どうやって味をしみこませるか。そして、その調味料は何を使うか。それはすべて違うようで同じ基礎の上にある。つまり、普遍性と再現性だ。世界には様々な料理があるが、その根源は実は一つと言っていい。熱を加えない料理、例えばサラダにしろ、それは熱量をゼロとする調理法と考えれば筋は通る。変数をマイナスにすれば、それはつまり冷やしたり凍らせたりするということだ。料理が科学と言われるのはそういうところだ」
 私はただ呆然とうなずいていた。
 途中からあんまり聞いてませんでしたけど、おいしいものが出てくるなら、何でもいいですよ。
 材料を並べ終わったところで、玲哉さんが親指を洗面所に向けた。
「待ってる間、シャワーでも浴びてきたらどうだ?」
「あ、はい、そうですね。お借りします」
 もしかして、私、臭う?
 そんなことはないだろうけど、ちょっと洗いたいところ、あるよね。
 ベッドのシーツも汚しちゃったし。
 やだ、またなんか思い出しちゃった。
 あんなこと、こんなこと、いろんなことされちゃってたのが夢のようだけど、目の前にいる玲哉さんを見ると、全部本当のことなんだなって実感して破裂しそうなほど顔が熱くなる。
「なんだ、顔が赤いぞ。熱でもあるのか」
「い、いえ、違います。シャワー行ってきます」
 滝にでも打たれた方がいいかも、私。
 洗面所が脱衣所兼用になっていて、縦型の洗濯機が置いてある。
 その横に玲哉さんの下着と丸めたバスタオルの入ったランドリーバスケットがあった。
 脱いだ下着を置く場所がなかったので、洗濯機の上に置かせてもらうことにした。
 磨りガラスの引き戸を開けると、浴室には私には大きすぎるバスタブと余裕のある洗い場があったけど、椅子はなく、ボディタオルも玲哉さんが使っているものだけだった。
 どうしよう。
 とりあえず、全身にお湯を浴びて髪を洗うことにした。
 シャンプーとコンディショナーは私が家で使っているのと同じオーガニックブランドだった。
 これは真宮ホテルの客室でも使われているものだ。
 髪通りが良くて慣れた香りで安心する。
 シャワーヘッドから降ってくるお湯が柔らかいのに勢いがあって心地いい。
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