紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 もっとお湯を浴びせてやりたいのに、腕力で押さえつけられたのが悔しい。
 氷水のバケツないかしら。
「すまない」
 ずぶ濡れ男が情けない声でつぶやいた。
 罪を認めたって、許せないものは許せない。
「今さら謝罪なんていいですよ。私、ちょっとはあなたのことを……」
「ブラジャー用のネットがなくて洗濯できなくてすまない」
 ――は?
 水をしたたらせながら男がスマホの画面を私に向けた。
『ブラジャー 洗い方』
 え、あ……、ええと……。
「俺の洗濯物とついでに洗おうと思ったんだが、女物の扱いは気をつけなくちゃならないだろ。だから確認しておこうと思ったんだ」
 あ、ああ……、そういうこと……ですか。
 玲哉さんがスマホの画面をスワイプさせながら画像を見ている。
「ブラジャー用の型崩れ防止ネットというのがあるらしいんだが、もちろんここにはない」
 ――ですよね。
「あの……、ごめんなさい。私、勘違いをしていたみたいで」
「気にするな。誤解を与えるようなことをした俺も悪いし、スマホも防水だ。それよりも……」
 視線を泳がせながら男が口ごもる。
「なんですか?」
「いや、その……だな。目のやり場に困る」
 ――ハッ!?
 慌てて体をよじってみたところでもう遅い。
「昨日散々あんなところとか、全部見たくせに、今さら何言ってるんですか」
「それとこれとは違う。濡れた髪とか、したたる滴とか、その……なんだ……」
 耳まで赤くしてスマホを持った手をぶんぶんと振り回す。
 冷徹な男の狼狽ぶりにこっちまで恥ずかしくなる。
「もう、言わなくていいです。またお湯かけますよ!」
「勘弁してくれ」
「とにかく、いったんあっちに行っててください」
 私は思いっきり戸を閉めた。
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