紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
◇
気まずい空気の中、テーブルに着くと、玲哉さんが次々と料理を並べ始めた。
コンソメスープに茹でキャベツのサラダ、メレンゲみたいなスクランブルエッグとパリッと皮が弾けていい焼き目の付いたソーセージ、そして、とろけたバターの塊がつるりと滑るトーストに濃厚なしぼりたてオレンジジュース。
二人分の朝食でテーブルが満開の花園のようだ。
「口に合うといいんだが」
「いただきます。短時間ですごいですね」
「このキッチンにはコンロが三つある。スープと茹で野菜用に二つ、それと湯煎用に沸かすお湯が一つで、同時進行可能だ。ソーセージはオーブントースターでトーストと一緒に処理する。調理プランの調整は料理の基本だ。スープはコンソメの素を溶かしてカイワレを落としただけだけどな」
すごくおいしいんで、解説は結構です。
スクランブルエッグはすごくふわとろで、かすかに酸味がある。
「湯煎でクリームチーズと一緒にホイップしながら作った」
「そんな手間がかかってるんですか」
「手間というなら、切って湯通ししてあく取りした茹でキャベツの方が手間だな。ドレッシングは市販の胡麻ダレだけどな」
粗挽き黒こしょうがひと手間のアクセントになっていて、生のサラダよりも甘みがあっておいしい。
「うまそうに食べるんだな。餌付けしてるみたいだ」
あれ、はしたなかったかな。
「だっておいしいですよ」
「そうか」と、照れくさそうにトーストを一口かじる。「それはうれしいよ」
「本当においしいです。すごく」
それからしばらく私たちは無言で食事を進めた。
実は、奥歯に挟まったカイワレのせいで、気になって落ち着いて話もできなかったのだ。
――どうしよう。
男の人の前でみっともない真似はしたくない。
なんとか舌でとれないものかと気づかれないようにやってみてもうまくいかない。
玲哉さんもときおり何か言いたそうにしているけど、会話は始まらない。
「おいしい以外に言葉が思いつかなくてごめんなさい」
「いや、俺の方こそ」
どんどん気まずくなっていく。
そもそも男の人と二人きりで食事をすること自体初めてだから、私にできることなんてなにもない。