紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 だいぶ食事が進んだところで、何の脈絡もなく玲哉さんがつぶやいた。
「調子はどうだ」
「え、何のですか?」
「体調とか、その……、気分とか」
「どこも悪くないですよ。あ、さっき言ってた熱のことですか?」
「そうじゃなくて、その……だな」
「なんですか? はっきり言ってくださいよ」
 私の方からこんなことを言うなんておかしいけど、玲哉さんの態度の方がもっと変だ。
 お皿に残った最後のスクランブルエッグをスプーンですくい上げると、玲哉さんが視線をそらしながら続けた。
「初めてだったんだろ。どこか体に痛みがあるとか、違和感とか、あとは……、俺に対する嫌悪感とか、そういうのはないのかってことだ」
 はっきり言ってほしいと言ったのは私だけど、はっきりたずねられるとそれもまた恥ずかしい。
「まあ、浴室で鼻歌を歌ってたくらいだから、大丈夫だったんだろうがな」
 やだ、聞かれちゃってたの?
「これでも俺なりに気をつかってるんだ」
「私のことなんか気にするだけ無駄なんじゃありませんか?」
「無駄……なんかじゃない」
 食事を終えた玲哉さんは立ち上がってお皿をシンクへ運びながらこちらを向いて頭を下げた。
「昨日はすまなかった」
「何がですか」
「怖くなかったか?」と、戻ってきた玲哉さんはオレンジジュースをグラスに注ぎ足した。
「あ……、まあ、あの……、少しは」
「言い訳に聞こえるかもしれないが、わざと怖がらせて、思いとどまらせようとしたんだ」
 そうだったんだ。
「やめてくれと言われたら、いつでもすぐにやめるつもりだった」
 今思えばずいぶんと芝居がかっていたような雰囲気だったのは、そういうことだったんだ。
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