紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 と、納得しかけたところで、玲哉さんが思いがけないことを言った。
「だけど、我慢できなかった」
 はあ?
「俺も、あんなに自分が抑えられなくなるなんて、思ってもみなかった」
「あ……、そ、そうなんですか」
 思わず体が熱くなる。
「君のせいだろ」
 ――私の?
「俺を夢中にさせたんだからな」
 冷徹な男の表情が、さっきからいたずらがバレた少年のようにころころと変わっている。
「でも、私なんか、玲哉さんには物足りなかったんじゃないですか」
「何を言ってるんだ。君こそ、俺をもてあそぼうっていうのか」
 なっ……。
 そんな駆け引き、できるわけないのに。
「一回きりの契約だっただろ」
 ええ、まあ……。
「だけど、さっき、ずっと君のことを考えながら料理をしていた」
 ――え?
「おいしいと喜んでもらえるだろうか。そんなことが気になってしかたがなかった」
 それって……。
 もしかして、そういうことなの?
 そう受け取ってもいいってことなんですか?
 と、そのときだった。
 インターホンが鳴った。
 玲哉さんが立ち上がって応対に出る。
 女性の声のようだ。
「おう、上がってきてくれ」
 そう言って、玲哉さんは玄関へ向かった。
 今のうちに、こっそりと奥歯に挟まったカイワレを取っておく。
 しばらくして二人で現れたのは、私と同じか、やや年上くらいのパンツスーツ姿の女性だった。
「司法書士の高梨さんだ」
「どうも」と、あまり私に関心なさそうに奥まで入ってくる。
「初めまして。真宮です」
「店、開いてたか?」
 玲哉さんがたずねると、高梨さんが手提げ袋をカウンターに置いた。
「恵比寿のごちゃごちゃしたところに、夜から昼前までって変な営業時間の古着屋があるんですよ」
 カウンターにあるデジタル時計を見るとまだ朝の七時前だった。
 六月の日差しが高いせいで、そんなに早いとは思わなかった。
「ショーツとキャミソールは古着ってわけにはいかないんで、コンビニで買ってきました。一番無難なやつです」
 注文ってそういうことだったんだ。
「お手数をおかけしまして申し訳ありません。ありがとうございます」
「気にしないでください。仕事のついでなんで」
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