紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 高梨さんは他にも封筒をいくつか抱えていた。
「綿貫ビルの再開発の件、書類もらってきました」
「ああ、ようやくか」と、玲哉さんが中身をチラリと確認してカウンターの上に置く。「お疲れさん」
「自治会長さんになんて言ったんですか?」
「俺は何も」
「本当ですか。あんなにごねてたのに」
 無表情を貫く玲哉さんを見て高梨さんが役者のように肩をすくめる。
 なんだか聞いちゃいけないようなお仕事の話だったので、私はおいしそうなソーセージをいただいていようっと。
 ジューシーで、後からほんのりハーブとスパイスが香って、とっても素敵。
 いつの間にか話は私たちの件に移っていたらしい。
「ていうか、女物の服を買ってきてくれって、どういうシチュエーションなんですか?」
「水がかかって濡れてしまったんだ」
「びしょ濡れって……」と、高梨さんが顔をしかめる。「朝飯一緒に食べてる二人に聞くだけ野暮ってやつですか」
「違う」と、玲哉さんも声を張る。「そういう意味じゃない。文字通り水がかかったんだ」
 私は心の中でそっと挙手をした。
 すみません、私が悪いんです。
「あのう……」と、私は横からたずねた。「高梨さんは、久利生さんとはどういう関係なんですか」
 高梨さんの返事の前に玲哉さんが割り込んできた。
「だから仕事関係に決まってるだろ」
 高梨さんもきょとんとした表情で小刻みにうなずく。
「法学部の先輩後輩で、役所とか裁判関係の手続きとか引き受けてますけど」
「あの、プライベートとかは?」
「はあ、どういう意味ですか?」
「その……、交際してるとか」
「やめてくださいよ。ありえないです」と、毒を盛られたかのように今にも吐き出しそうな顔になる。「地球がひっくり返っても、逆立ちして逃げます。全力で」
 なんだかよく分からないけど、そこまで言わなくても。
 と、腕組みをして高梨さんが胸を反らした。
「私、もっと素敵なカレシいるんで」
 あ、そうなんですか。
「二次元ですけど」
 あ……、ああ、そうですか。
 と、私に人差し指を突き出した。
「そっちこそ、本当に大丈夫なんですね?」
「えっ、ええ」
「この男に無理矢理変なことされたんだったら、私が手続きしますから、遠慮なく相談してくださいよ」
 ――されたの……かな。
 してもらった……のかも。
「いえ、大丈夫ですから」
「こんなのよりよっぽど優秀な弁護士紹介しますからね。慰謝料ばっちり取れますよ」
「あんまりよけいなことを言うな」と、玲哉さんがにらみつける。
「はいはい。お邪魔ですかね」
 高梨さんはご丁寧に私に名刺を差し出して去っていった。
< 35 / 118 >

この作品をシェア

pagetop