紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
第4章 荒れ果てた楽園
 婚姻届に署名した後、私たちはスーツ姿の玲哉さんが運転するセダンで千葉へ向かっていた。
 真宮薔薇園の現状を確認するためだった。
 初めてのドライブデートと言いたいところだったけど、経営コンサルタントの妻として、そんな浮かれた気分で同行するわけにはいかなかった。
 玲哉さんの表情もすっかり仕事モードに入っていた。
「とにかく、現場を見てみないことには再建計画も立てられないし、出資者を納得させることもできないからな。君が一番最後に行ったのはいつだ?」
「祖父が亡くなる前、もう五年以上前ですね」
 千葉に入ってからしばらくは順調に流れていた高速道路が、房総半島の手前あたりで混み始めた。
 ほんの数キロを進むのに三十分もかかってしまった。
 平日の午前中で、トラックが多い。
「ここは分岐と合流が複雑で、有名な渋滞ポイントなんだ。休日はレジャー客でもっと混む。距離はそれほどでもないのに、東京方面からのアクセスはあまり良いとは言えないんだ」
「別の道はないんですか」
「神奈川方面からアクアラインがあるが、そちらも休日は混雑が激しい」
「公共交通機関はどうなんでしょうか」
「真宮薔薇園の最寄り駅は朝と夕方しか走っていないローカル線だし、そこからバスも出ていない」
「昼は電車がないんですか」
「平日はなくて、休日に一本だけだ。朝夕に通学で利用する高校生がいなくなったら廃線だろうな」
 ようやく渋滞が途切れて玲哉さんは流れに乗ってスピードを上げた。
「ただ、交通機関の問題はそれほど深刻ではないんだ」
「どうしてですか?」
「観光客のほとんどは車を利用する。今時ローカル線の本数に期待する客はいない」
「でも、渋滞で移動に時間がかかると、足が遠のきますよね」
「休日に出かける人は、どの方面でも渋滞するのはしかたがないと、ある程度は諦めてるものだ」
 白いセダンの前方には薄い雲に覆われた空が広がっている。
 さっきまでの渋滞が嘘のように、前後に他の車がいない。
 心地よいドライブでほんのりと眠気に包まれたとき、玲哉さんが私に出題した。
「真宮薔薇園に人が来ないのはなぜだと思う?」
「交通の問題ではないんですよね」
 ここまでの話から前提条件を確認すると、玲哉さんはステアリングをつかんだまま左手の人差し指を立てた。
「そう、それはあまり問題ではない」
「花が咲いていないからですか」
 違う、と前を向いたまま短く切り捨てる。
「でも、ネットで検索して花が咲いていないなんて書き込みを見たら、わざわざ来たいとは思わないですよね」
「たしかにそうだが、それは本質ではない」
 なんでだろう。
 花の咲いてない薔薇園なんて、私も行ってみようとは思わないけどな。
 あ、おじいちゃん、ごめんなさい。
 悪口じゃないんです。
 必ず再建してみせますから。
 と、考えてみても何も思い浮かんでこないせいで、私はまた少しうとうとしかけていた。
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