紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
「で、答えは考えついたのか?」
 ――ええと。
「質問はなんでしたっけ?」
「真宮薔薇園に人が来ないのはなぜか」
 あ、ああ、そうだった。
「遠いし、看板も汚れてるから」
「それは今思った感想だろう」
 うっ……、先生、厳しすぎます。
「渋滞とか距離とかは運転する人間しか気にならないものだ。同乗者は寝てたら着いてるんだからな」
 新婚早々夫に嫌味を言われてしまう。
 じゃあ、なんだろう。
 生徒のできの悪さにしびれを切らしたらしく、玲哉さんが話を続けた。
「人が来ないのはそこに価値のある物があると誰も知らないからだ。宝の地図に印が付いてなかったら、誰も洞窟の奥になんか入ってこないんだよ。だけど、そこにとんでもないお宝が隠されていると分かったら、どんな危険が待ち受けていても、みな喜んでやって来る」
「でも、それって、花が咲いてないってことと同じじゃないんですか」
「似ているようで違う」と、玲哉さんが左手の人差し指を立てて振った。「花が咲いてなくても宝があればいい」
「宝って、何ですか?」
「まさに、それだ」
 何が?
 私には全然分からない。
「経営側にすら、宝が何かが分かっていない。だから人が来ない。それを逆転させるんだ。そこに宝物があることを示し、都心から離れたこんなところまでわざわざ来たくなるように仕向けるんだ」
 それができれば誰も悩まないと思うんですけど。
「薔薇園の宝が花とは限らない。人に興味を持ってもらい、そこでお金を使いたいと思わせる仕組みを作れば、それが宝の山になるんだ」
 そんなの言うのは簡単ですけど、うまくいくとは限らないんじゃないのかな。
 私が黙り込んでいたせいか、ちょっと玲哉さんの言葉が厳しくなった。
「やる前から放り出すのか?」
「やる気はあります。でも、私にできるか自信はありません」
「だから俺がいるんだろ。俺を誰だと思ってる」
 ――ええと。
 誰って……。
「私の大事な旦那様?」
「お、おう……」
 セダンが減速して玲哉さんが前のめりになる。
 到着したのは、『真宮薔薇園』という色あせた看板がなければ通り過ぎてしまうような山奥の廃墟だった。
< 41 / 118 >

この作品をシェア

pagetop