紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
「あの、譲渡することは仕方がないにしても、薔薇園として存続させることはできないんでしょうか」
「それができるのであれば、そもそも赤字になどならないでしょう」
 正論をぶつけられてしまっては、言い返せない。
「こちらをご覧ください」
 久利生さんはいかにも面倒だという手つきでタブレットを操作した。
「これは旅行サイトに掲載された真宮薔薇園の口コミです。五段階評価で星2.3と低評価です」
 書き込みもひどいものだった。
『高速を降りてからの道がわかりにくかった』
『薔薇園なのに薔薇が咲いていない』
『食事をしたくてもレストランのメニューがショボくてガッカリ。昔のサービスエリアよりひどい』
『山奥でガラガラなのに駐車料金を取られた。二度と行かない』
 あまりの苦情のオンパレードに、会社の重役たちからも失笑が漏れた。
 久利生さんはそんなゆるんだ空気を振り払うようにはっきりと告げた。
「このような状況で今さら再建など無理でしょう。儲けの出ない事業を切り捨てるのは当然のことです」
 確かにそうだけど。
 でも、でも……。
「なんとかなりませんか。なんとかしたいんです」
 無駄な抵抗だということは分かっていた。
 でも、このまま終わらせていいはずがない。
 だって、あれは大切な、かけがえのない思い出の場所……。
 なのに、そんな私の思いに関係なく久利生さんの声が冷たく降ってくる。
「では、どうやって?」
「いえ、何も具体的なことは思いつきませんが」
 大きく唇をゆがめながら鼻で笑われてしまう。
「失礼ながら、紗弥花さん、そもそも最近薔薇園に行ったことはありましたか? 状況をご存じなかったようですが」
 祖父が亡くなってから一度も行ったことはない。
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